【ネタバレ考察】『映画ドラえもん のび太の新恐竜』泣いてすぐ道具に頼るノビタイズムの露呈

映画ドラえもん のび太の新恐竜(2020)

監督:今井一暁
出演:水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみ、木村昴、木村拓哉、神木隆之介etc

評価:40点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

今年はドラえもん50周年記念ということで、映画ドラえもんの気合の入り方が凄い。『映画ドラえもん のび太の宝島』の今井一暁×川村元気コンビで名作『のび太の恐竜』を14年ぶりにバージョンアップさせた。主題歌はMr.Childrenの壮大な旋律《Birthday》で彩られ、ヴィラン的存在に木村拓哉。さらには、カメオ出演として神木隆之介が再びピー助の役として登場する。そして『のび太の恐竜2006』が映像技術的に革新的だったことは本作でも行われ、恐竜パートは3DCGで描かれる。そんなパワフルガチ回な『映画ドラえもん のび太の新恐竜』を観てきました。映画ライターのヒナタカさん( @HinatakaJeF )さんがかなりお怒りだった本作ですが、なるほど、確かに問題作でありました。というわけでネタバレありで本作について語っていきます。

『映画ドラえもん のび太の新恐竜』あらすじ


国民的アニメ「ドラえもん」の長編映画40作目。シリーズ最高の興行収入53.7億円を打ち立てた「映画ドラえもん のび太の宝島」(2018)の監督・今井一暁×脚本・川村元気が再びタッグを組み、のび太と双子の恐竜の出会いから始まる物語を、長編映画シリーズ第1作「映画ドラえもん のび太の恐竜」(1980)とは異なるオリジナルストーリーで描く。ある時、恐竜博の化石発掘体験で化石を見つけたのび太は、それを恐竜のたまごだと信じ、ドラえもんのひみつ道具「タイムふろしき」で化石を元の状態に戻す。するとそこから、新種の双子の恐竜が生まれる。2匹をキューとミューと名づけて育てるのび太だったが、やがて限界がきてしまい、2匹を元の時代に返すことに。ドラえもんや仲間たちとともに6600万年前の世界へと旅立ったのび太は、キューとミューの仲間を探す中で謎の島にたどり着き……。
映画.comより引用

泣いてすぐ道具に頼るノビタイズムの露呈

『のび太の恐竜2006』がバージョン1.0→1.1のマイナーバージョンアップだったのに対し、本作は1.1→2.0のメジャーバージョンアップとなっている。それだけに、2020年代風のアレンジが多数盛り込まれている。まず、特記すべきは恐竜の卵を発掘する場所だ。従来は人の家の庭を掘り見つけていた。ジャイアン、スネ夫に意地を張り、近所の崖を掘る展開があるのだが、2020年代において勝手に人の敷地で穴を掘ることは良い行動とは言えない。そこで、今回は科学博物館の化石発掘イベントで卵を拾う展開となっている。また、従来は恐竜1体を育てる話だったのだが、今回は2体育てることとなる。それもメス恐竜のミューの方が大きいという、「男の子の方が大きくなくてはいけない」という固定概念を覆す脚色となっている。

このように、次々と今の時代に併せて改変されていく『のび太の恐竜』であったが、その過程で致命的な綻びが生じてしまっている。

1つ目はノビタイズムの露呈。
2つ目はタイムトラベルの矛盾だ。

まず「ノビタイズムの露呈」について語ろう。ドラえもんにおける難点は、のび太の持つ「泣いてすぐ道具に頼る」ところだ。大抵の場合は、しっぺ返しとして、傲慢に道具に頼った結果良いことと悪いことがセットで起こる展開となっている。映画版の場合は、いつもはクズだったのび太が道具を巧みに駆使して大活躍するため、このノビタイズムは希釈され気にならないものとなる。しかし、本作では序盤から逆上がりできない彼が「いいもん、逆上がりなんかできなくていいもん!」と諦め、ドラえもんに頼りっぱなしである。その癖、自分の分身のように映る不器用な恐竜キューに対して強くあたるのだ。それでもって、「僕なんかダメだよね」とメソメソしているところにしずかちゃんが脱ぎながら慰める展開が入る。最後も、空間移動させるクレヨンを使っているのはドラえもんで、のび太は最後の最後の美味しいところだけやり遂げる。無能上司っぷり全開である。彼は、トラブルしか引き起さず、それをドラえもんやジャイアン、スネ夫、しずかちゃんが尻拭いして、一番美味しいところだけ嗜むノビタイズムの極みを魅せてしまっているのだ。

かつての体罰、小さい大人として育てる時代から、「ノビノビ」育てることこそが美徳とされる時代に変わったとは言え、ここまでクズなノビタイズムを観させられると確かに辟易とします。

後者については、本作が『のび太の恐竜』になかった行間を埋めようとして、ドラえもんがひた隠しにしてきた矛盾を下手に暴いてしまったことが問題だと考えている。本作は、『のび太の恐竜』前2作に不足していた、生き物を育てる描写に力を入れている。それこそ、未知の生物に刺身を与えたら、嘔吐する。簡単には懐かせないといった鋭い描写が挿入されており、それ自体は素晴らしいのだが、併せてタイムマシン問題を説明しようとして失敗している。

ドラえもんのいる未来世界では、歴史改変することはタブー視されており、違反すればタイムパトロールに捕まる設定なのに、ドラえもんはのび太がしずかちゃんと結婚するルートを確保するために保護者としてやってくる。一応、その説明はされるのだが、かなり強引な理屈になっている。今回、のび太がうっかり降り立ってしあった、ジュラ紀でジオラマセットを落とし、それが巨大化した世界が白亜紀の恐竜たちを助けたって設定になっているのだが、がっつり歴史改変してしまっている。『サウンド・オブ・サンダー』という作品では白亜紀から刹那のモノを持ち帰ってきたせいで現代が世紀末に成り果ててしまう様子が描かれていただけにこの設定には厳しいところを感じる。そこに、御都合主義的解説が木村拓哉演じるジルからあり、「のび太は人類史の一部だった」と結論づけている。所詮、ドラえもんだから目くじら立てるのは筋違いであるが、ドラえもんがひた隠しにしてきた、繊細に扱ってきたタイムパラドックスを豪快に扱っている印象があり、ドラえもんファン程モヤモヤする内容である。

しかし、そういった問題を差し置いても、子どもが生き物を育てる過程で成長する姿は心にグッとくるところがあり、若干科学博物館の映像っぽい恐竜描写に違和感も感じつつも、ダイナミックな恐竜の動かし方、そしてMr.Childrenの楽曲の使い方には今井一暁×川村元気の光る手腕が感じ取れる。何よりも、コロナで公開延期となってようやく現れたこのプログラムピクチャーの中で、太陽燦々雄大な自然の中で駆け回るのび太たちに泣けてきたのは確か。

相変わらずジャイアンの粋な漢っぷりには惚れるし、今回はスネ夫がキザにキメるポーズが妙にカッコいいこともあり個人的には満足しました。

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