【ネタバレ考察】『アルプススタンドのはしの方』おくりバントで場外ホームランを放つ城定秀夫

アルプススタンドのはしの方(2020)

監督:城定秀夫
出演:小野莉奈、平井亜門、西本まりん、中村守里、黒木ひかり、目次立樹etc

評価:5億点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

性の劇薬』、『覗かれる人妻 シュレーディンガーの女』、『ホームレスが中学生』と盛大なファールボールだと思わせ、ツーベースヒットを放つカルト監督城定秀夫が珍しく官能描写0の青春キラキラ映画を作ったと話題になっている。本作は、第63回全国高等学校演劇大会で文部科学大臣賞を受賞した兵庫県立東播磨高校演劇部の作品の映画化。これが口コミで評判が評判を呼び、この夏一番熱い映画となっている。私も先日イオンシネマ新百合ヶ丘で観たのですが、

おくりバントと思わせて場外ホームランを叩き出す年間ベスト候補の大傑作でありました。

本記事では、ネタバレありで本作の凄さについて語っていきます。

『アルプススタンドのはしの方』あらすじ


第63回全国高等学校演劇大会で最優秀賞となる文部科学大臣賞を受賞し、全国の高校で上演され続けている兵庫県立東播磨高校演劇部の名作戯曲を映画化。夏の甲子園1回戦に出場している母校の応援のため、演劇部員の安田と田宮は野球のルールも知らずにスタンドにやって来た。そこに遅れて、元野球部員の藤野がやって来る。訳あって互いに妙に気を遣う安田と田宮。応援スタンドには帰宅部の宮下の姿もあった。成績優秀な宮下は吹奏楽部部長の久住に成績で学年1位の座を明け渡してしまったばかりだった。それぞれが思いを抱えながら、試合は1点を争う展開へと突入していく。2019年に浅草九劇で上演された舞台版にも出演した小野莉奈、⻄本まりん、中村守里のほか、平井亜門、黒木ひかり、目次立樹らが顔をそろえる。監督は数々の劇場映画やビデオ作品を手がける城定秀夫。
映画.comより引用

おくりバントで場外ホームランを放つ城定秀夫

これ程までにフレームの外側を意識した作品を私は観たことがない。

赤坂太輔は『フレームの外へ: 現代映画のメディア批判』の中で、昨今の映画がいかに映っているものだけに縛られているのかを批判していた。その批判に対して、これが正解だと言わんばかりに本作では、フレームの外側を豊潤に利用している。『アルプススタンドのはしの方』はよく『桐島、部活やめるってよ』と比較されるが、決定的に違うのは、このフレームの外側の扱いである。『桐島、部活やめるってよ』では桐島がマクガフィンとして使われており、登場人物の視界には彼が映っていない。それに対して、『アルプススタンドのはしの方』では、彼/彼女らの目線の先に《野球》があり、話題に挙がる人物が存在するのだ。しかし、映画は決して観客にその目線の先を提示しないのだ。演劇が持つ、固定の視点に立体感を持たせるために登場人物が虚空から目に見えない真実を作り出そうとする過程を映画に持ち込み、且つそれを映画的カット割で飄々と描いてみせるこの爽やかな超絶技巧にただただ驚かされた。

まず、本作は「しょうがない」と慰められる女学生・安田あすは(小野莉奈)を映し出す。これは本作のキーワード「しょうがない」を提示すると同時に、野球の試合に負けたことを思わせつつ、後にインフルエンザで負けてしまった演劇部の大会のことだと分かるミスリードを呼び起こす役割を果たしている。次の場面では、一番後ろで直立するメガネをかけた女学生・宮下恵(中村守里)、中心部に安田あすはと友人の田宮ひかる(西本まりん)、左端に男子学生・藤野富士夫(平井亜門)を配置しタイトルを出現させる。つまり、この作品はバラバラに配置された者を一箇所に集める物語だと暗示させるのだ。

前半では、安田あすはと友人の田宮ひかると元野球部の藤野富士夫とのやり取りが繰り広げられるのだが違和感が包み込む。確かに藤野富士夫は野球が嫌になり辞めたことを思わせ、どうも居心地が悪いのだが、それが田宮へ伝播し、安田がお茶を買いに行こうとすると「私が買うよ」と言い始めるのだ。これは、アニメ的演出を思い浮かべると、安田と藤野の恋を邪魔してはいけない配慮と思春期ならではの恥ずかしさの表現だ。しかし、それはミスリードであることが分かっていく。実は会話の中で、安田が演劇部最後の試合がメンバーのインフルエンザで無残に終わってしまったと語るのだが、そのメンバーこそが田宮であり、彼女はそれ以来安田に気を使っていることが明らかになるのだ。

そんなヒリヒリする会話を余所に、遠くから宮下恵が安田を見つめている。彼女に声を掛けようとお茶を買って近く。すると、野球場ではヒットが放たれ、安田たちの視線が移動していく。その移動で、怪しく近く自分の存在がバレてしまうのではと宮下も目を反らす。本作は、野球の試合経過で役者の目線を動かしたり、モブキャラを動かし、主役の行動きっかけを生み出したりするのが上手い。これはジョン・フォードの『静かなる男』を彷彿とさせる。

そしてなかなか安田と会話できない宮下は、藤野へと近づいていくのだが、彼女の意中の相手に恋人がいたことに落胆する。そして、この恋人というマクガフィンが、遠い関係だった田宮を結びつける。

その4人の関係に新たに2つの勢力が近づいていく。一つは先生だ。最近入ってきた英語の先生は熱血先生で陰日向にいる彼ら/彼女らから煙たがられているのだが、彼は野球部の顧問になれず、茶道部の顧問になってしまったが「しょうがない」で片付けたくなくて一生懸命応援していることが明らかになる。不器用で、「しょうがない」の苦い汁を知って精神が硬化してしまっている安田を更に苛立たせる存在となるのだが、彼の「しょうがない」から来る熱血が周りを動かし、遂には安田の心の壁を破壊するにいたるのだ。この如何にもクリシェなキャラクターの外し方にアッと驚かされる。

もう一つの勢力は、吹奏楽部の優等生・久住智香(黒木ひかり)だ。彼女は野球部のエースとも付き合い、成績も宮下より上。全てを持っている女学生であり、アルプススタンドのはしの方でくすぶっているウォールフラワーとは対極にある。これは『桐島、部活やめるってよ』と類似する、スクールカーストどの層にも苦悩があることを強調する役回りなのだが、『桐島、部活やめるってよ』とは違い、積極的に他者の物語に関わっていき、結果的に陰キャラ/陽キャラが一蓮托生して野球部を応援するにいたるのだ。

段々と、アルプススタンドのはしの方で燻る者に熱が篭ってくる。藤野は、練習頑張れどずっとベンチにいる矢野という人物に嫉妬して、素人目では同じにしか見えない素振りの比較をする。これは自分が矢野に反して、スランプから逃げるように野球を辞めてしまった後ろめたさが反映されている。宮下も、勉強だけが取り柄だった人生が奪われ、青春という空間に息苦しさを感じている現状を打破しようと一歩、そして一歩歩み始める。安田は、演劇部の顧問に言われた「しょうがない」という言葉の持つ痛みを無理やり氷解させていくのだ。

そこで展開される全編フレームの外と群衆の反応で展開される試合の終局は、野球に無知な私でもどうなるかどうなるかと身を乗り出したくなる程熱いものとなっている。ただ、城定監督は、最後の最後までクリシェを外してくる。本来であれば、ここは最後に矢野が現れ、彼がホームランを打ったところで画面が静止し終わるというのが定石だが、そこを外し、敗北するエンディングを用意する。

そして何年か後に再びアルプススタンドで矢野の活躍を観る彼/彼女たちに一度は外し、そして最後の最後でその定石を踏襲する外しのサービスショットが映画を見慣れた者にも驚きと興奮を与える。

本作はつまり、フレームの外側と群の動かしかたで、将棋のように人々を一箇所へ華麗に集合させていき、その上で3度の興奮を与える。そして中々瓦解しないウォールフラワーの感情、「しょうがない」の痛みを知っている者の硬化した心が動かされ一箇所に向いた時の感動は抑圧に包まれた今の時代に大きく刺さるものとなるでしょう。

城定監督のおくりバントの妙に感動しっぱなしでした。

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