『A Beautiful Day in the Neighborhood』フレッド・ロジャースは隣人に徹する

A Beautiful Day in the Neighborhood(2019)

監督:マリエル・ヘラー
出演:マシュー・リス 、トム・ハンクス、クリス・クーパーetc

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第92回アカデミー賞でトム・ハンクスが助演男優賞にノミネートされています。彼は、日本でいう《ワクワクさん》だとか《うたのお兄さん》にあたる子供向け番組《Mister Rogers’ Neighborhood》の司会者フレッド・ロジャースを演じています。フレッド・ロジャースといえば、2018年に彼のドキュメンタリー映画『ミスター・ロジャースのご近所さんになろう』がヒットし、あのオバマ前米国大統領もその年のイチオシ映画に挙げている程の成功を収めました。ヒットしたドキュメンタリーや短編映画は長編映画化されやすいのですが、この映画は意外なことにフレッド・ロジャースが主人公ではありません。ポスターヴィジュアルでは彼に扮しているトム・ハンクスが大写しとなっているのですが、実際には彼をインタビューした人物にフォーカスがあたっているのです。多様性のある社会を目指し、隣人になろうと尽力したフレッド・ロジャース。マリエル・ヘラーはその彼の精神を汲み取り、ジャーナリストTOM JUNODがEsquire誌に書いた記事《Can You Say…Hero?》をベースに、大人という枠に閉じ込められた者を救う現代のキリスト寓話たるものを創り上げました。

『A Beautiful Day in the Neighborhood』あらすじ


Based on the true story of a real-life friendship between Fred Rogers and journalist Lloyd Vogel.
訳:フレッド・ロジャースとジャーナリストのロイド・フォーゲル(実際にはTOM JUNOD)の実生活の友情の実話に基づいています。
IMDbより引用

マリエル・ヘラーの巧みな話術に注目

マリエル・ヘラーは一見するとミニシアターで上映され直ぐに忘れ去られてしまいそうな雰囲気の作品を発表しているのですが、実は芸が緻密で翔んだ離れ業をやってのけてしまう監督である。それは『ある女流作家の罪と罰』で著名人の手紙を複製するために、図書館で盗みを働く際の手つき、贋作を店に売りつける際の緊迫した手つきといった非常に細かい動きに注目し、今まで豪傑なイメージが強かったメリッサ・マッカーシーから意外な演技の側面を引き出すことに成功した実績からも伺える。

そして、遂にマリエル・ヘラー監督は本作で隠し持っていた技術を大放出させた。

トム・ハンクス演じるフレッド・ロジャースが

It’s a beautiful day in the neighborhood
A beautiful day for a neighbor
Could you be mine?
Would you be mine?

と歌いながら階段を降りていく。彼の番組を再現するところから始まるのです。そして、番組のコーナーの一つとして窓を開けていくコントが始まる。てっきり、そこから回想でフレッド・ロジャースの人生が始まるのかと思いきや、顔に傷を負い、険しい顔をした男ロイド・フォーゲル(マシュー・リス)の顔が提示され、そのまま彼の人生が描かれていく。彼はどうも人生に行き詰まりを感じているらしい。終始イライラしていて、ベビーカーをタクシーに詰め込む際にも、上手く行かなくてキレそうになっている。しまいには、結婚式に参加するや否や、喧嘩を始めてしまう。そんな精神的に不安定な彼はジャーナリストとして仕事をしているのだが、フレッド・ロジャースのインタビュー案件が舞い込んでくる。

「えっ子供番組の人でしょ?」

露骨に嫌な顔をする彼は、しぶしぶ現場に向かうのだ。

そんな彼の教育番組に対する斜に構えた目線を、マリエル・ヘラーは面白いショットで表現してみせる。フレッド・ロジャースの撮影が始まる。彼はカメラの前で、道化としてぬいぐるみに憑依したり、テントが上手く畳めない様を自ら哀れんだりしている。しかし、その様子はボヤけていたり、前のカメラが邪魔をしていたりしてはっきりとは見えない。カメラやスクリーンにピントがあっており、そこを通して全貌が明らかになるのだ。そしてロイド・フォーゲルはカメラよりも遠くの、場合によってはフレームの外側で、真面目そうな表情でフレッドを見ているのだ。そこには、子供番組に対する冷めた感情が表れている。

そんな彼に、フレッドは隣人がごとく歩み寄る。そして、ロイドはフレッドをインタビューしに来たにもかかわらず、フレッドにインタビューされる構図が出来上がってしまうのです。当然ながらジャーナリストとしての精神を踏みにじられ、いい気分はしないのですが、徹底的に隣人として立ち、傾聴していくフレッドによって、段々とロイドの心の中にあるモヤモヤが癒えていくのだ。かつてはロイドも子どもであった。しかし、大人になった彼は、童心を殺してしまったことが明らかになる。

インタビューとは結局のところ対話であり、それを突き詰めると良き対話は隣人になることで生まれる。それをマリエル・ヘラーは、移ろいゆくインタビューする/されるの関係性や撮る/撮られる/傍観するといった構図の変化で華麗に演出して見せたのです。

そして本作において一番驚かされたのはカフェで、フレッドがロイドの心のモヤモヤを取り払う場面。

「私と何をしようか、ロイドさん」
「このエクササイズをしよう。私も時々これをやるのが好きなんだ。」
「みんな丁度1分間時間を取るんだ。ぼくらを愛してくれたすべての人々について考えるんだ。」

ロイドは、「でっできないよ。」と言う。しかし、フレッドは「1分間静かにするんだ。」とそのまま彼を巻き込んでいく。

すると段々と音がなくなり、映画から音が消失するのです。そしてカメラはその静けさの中で、何かを思い出そうとするロイドと、それを微笑むフレッドの切り返しを挿入していく。

この映画から音を1分間消滅させる手法はジャン=リュック・ゴダールの『はなればなれに』で使われている有名な映画の脱構築演出ですが、それをセラピーの演出として自然な形で使って魅せているのだ。これはシネフィル監督が知識自慢として使うような鼻につく感じは皆無で、ロイドの心の膿を絞り出す表現としてこれ以上にない正解演出と言える。それを唐突にやり遂げてしまうマリエル・ヘラーには脱帽です。

現代は、ネットの発達でなんでも知った気になってしまう。それ故に宗教的スピリチュアさがより一層胡散臭いものとなってしまっている。また合理化社会の極みで、社会にゆとりがなくなってきてしまった。そんな社会で、救いの手の存在を無意識に否定し、内なる闇を消化できずにいる大人が、宗教以外の救いの手である《隣人》と出会うまでを描いた傑作でありました。

日本ではフレッド・ロジャースの知名度は低いのですが、先日Amazon Prime Videoで『ミスター・ロジャースのご近所さんになろう』が配信されたこともあり、日本公開してほしい作品です。

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