『プリズン・サークル』昔々、嘘しかつかない少年がいました

プリズン・サークル(2019)
PRISON CIRCLE

監督:坂上香

評価:75点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

今年は、ドキュメンタリー映画に力を入れようと、年明け早々『NO HOME MOVIE』、『ドーソン・シティー:凍結された時間』、『娘は戦場で生まれた』、『THE CAVE』等々、いろんなドキュメンタリーを漁って観ています。やはり、ドキュメンタリー映画はシネフィルでも然程観ていなかったりするので、隠れた名作が見つかりやすい金脈だったりします。

ただ、今年一発目に映画館で観た東海テレビドキュメンタリー『さよならテレビ』が思いの外期待はずれで出鼻を挫かれた感が否めない。そんな中、日本の刑務所に焦点を当てた骨太ドキュメンタリーが公開されると聞きました。『プリズン・サークル』は取材許可まで6年、実際の取材に2年を費やし、官民共同で受刑者の更生を促すプログラムに迫った作品だ。ただでさえ、刑務所の中の生活は表に出ない。ホリエモンなんかは時折、刑務所暮らしについて語っているが、あれはインテリ身分が高い人の目線から語られていることであり、実情はよくわからなかったりする。非常に好奇心そそられる作品だったので、初日に行ってきました。

しかし、悪運に恵まれているブンブンはイメージフォーラムで善悪の彼岸に立たされ、強烈な体験をする羽目になります。前日に予約しようとしたら、ブンブンの好きな後方中央ブロック端席が全部埋まっていたので、誰も予約していなかった最前席を取った。しかし、劇場へつくとブンブンの席の方に誰かが座っているではありませんか。『HUNTER×HUNTER』でヒソカと対峙し、動けなくなるゴンと重ね合うかのように私は念を感じました。明らかにヤバいやつが座っていると。空手ポーズを取り、何やら独り言を喋っている完全にアレな人がこともあろうことか私の隣に座っていたのです。上映まで後5分、『ジョーカー』さながら一人ノック・ノックをやり始める彼。「皆が俺のことを笑っている」なんてことを語り始める隣の住人。どうしようか?席を変えてもらおうかと思ったのですが、自分は何をこれから観ようとしているのか?受刑者が何故犯罪に手を染めてしまったかの映画だろ!彼らは、虐待や貧困、社会からの拒絶によって罪を犯していることが語られるのであろう。そんな映画を観る者が、ここで隣の異端児を排除していいものなのだろうか?ここは耐えるべきだ。とブンブンは彼と共存する道を選びました。これはなかなか過酷でした。彼は上映中、ひっきりなしに映画と関係のない独り言を言う。

「警察はやりすぎなんだ。」「死んじまえ。」「燃えよドラゴン」

どうやら彼は『スプリット』のジェームズ・マカヴォイくんみたいに多重人格で対話しているようで、引っ切り無しにいろんな人格と対話し、時折空手ポーズを取り始めるのだ。映画に集中しろ!と自分に言い聞かせ、映画に臨みました。さて、身の上話はこれぐらいにして本作の感想に移るとしましょう。

『プリズン・サークル』あらすじ


取材許可に6年をかけ、2年にわたり日本国内の刑務所に初めてカメラを入れて完成となったドキュメンタリー。官民協働による新しい刑務所であり、受刑者同士の対話をベースに犯罪の原因を探り、更生を促す「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムを導入している日本で唯一の刑務所でもある「島根あさひ社会復帰促進センター」。受刑者たちはプログラムを通じて、窃盗や詐欺、強盗傷人、傷害致死など、自身が犯してしまった罪はもちろんのこと、貧困、いじめ、虐待、差別といった幼い頃に経験した苦い記憶とも向き合わなければならない。カメラは服役中の4人の若者を追い、彼らがTCを通じて新たな価値観や生き方を身につけていく姿が描かれる。監督は「Lifers ライファーズ 終身刑を超えて」「トークバック 沈黙を破る女たち」などアメリカの受刑者をテーマにした作品を手がけてきた坂上香。
映画.comより引用

昔々、嘘しかつかない少年がいました

「昔々、嘘しかつかない少年がいました。彼は、嘘しか言わないので誰にも信用されません。しかし、彼は構ってほしいので人に絡んでいきます。でも彼には嘘をつく理由があるのです。」

TC(Therapeutic Community=回復共同体)に参加する受刑者の一人がプログラムの中で創作した物語の冒頭がアニメーション付きで朗読される。その物語は、劇中2度に渡り反復されていくのだが、そこに現れる彼の叫びが物語を強固な寓話に押し上げ涙が出てくる。社会から信頼されていないし、孤独だが、死ぬこともできない。そういった絶望がこの短い話に凝縮されている。

さて、4万人いると言われている受刑者のうち僅か40人程度しか参加できないTCプログラムは、出所後に再犯して刑務所に戻る率が未受講者と比べて低いことから注目されているのだそう。受刑者同士がワークショップを通じて、自分と向き合い、出所後の人生を掴めるようにする役割を担っている。民間と協力し、食事を運ぶ作業をロボットにやらせ、刑務官の負担を減らし、その代わりにセラピーやワークショップの運営に注力する。時には外部の専門家を周知して、受刑者が自立するのを手助けしていくのだ。

実際に、ワークショップを行うと、自己肯定感が低い受刑者が多い。特に殺人を犯してしまうと「死んで罪を償うしかない。」「自分に幸せを求める資格はない。」といった感情に支配されてしまい、それが「やりたいことがない」虚無に繋がってしまう。そして、多くの受刑者が虐待やイジメ、貧困がトラウマになっていたりして、ワークショップに通えども自分の倫理観をアップデートできなかったりする。

興味深いのは、窃盗癖のある受刑者の心理を他の受刑者が分析していくワークショップ。通常、人は行動する前にその行動を行うかどうかを脳内で検討する。ましてや、財布が落ちていたら拾うか、無視するかは考えるものです。しかし、彼は反射的にそれを持ち帰ってしまうのだ。他の受刑者は、「ラッキーと思って取ったの?」と訊く。
しかし、彼は「そんな感情もない。ただあったから反射的に取ってしまうんだ。」と語るのです。しかし、質問していくうちに、彼の精神の奥底に「取られる方が悪い。自分がよく物を奪われるのだから、奪っても良い。こうして社会は循環していく。」という独特な思想が渦巻いていることが分かってくる。そこに行き着くまでに、しかも彼すらそのメカニズムを知らないのでじっくりと質問しないといけないのだ。これは他者に冷たい社会はやってくれないことだ。親や友人との関係が良好でないと辿り着けなかったりする。だから、そのまま刑務所の外に放り出してしまったら再犯してしまうのが目に見えているのだ。

こうしてみると、TCは非常に効果的な更生と言えよう。フランスやベルギーだと『The Prayer』や『その手に触れるまで』で描かれているように田舎での農業や単純作業、共同生活を通じて更生を図っていくのだが、結局のところ一番重要なのは自分と向き合うためにコミュニケーションが取れる場が必要だということに尽きる。自分という存在をいかにして表現していくのか。誰しもが持っている心の邪悪をどのように避雷針建てて発散させていくのかを突き詰めていくことが重要なのです。

ただ、このドキュメンタリーを観ると、口で言うのは簡単だが現実は厳しいこともしっかり捉えてみせている。例えば、出所した人を定期的に呼び出して同窓会たるものを開く場面がある。最初は、労働意欲に満ち溢れていた受刑者も、そう簡単に社会復帰できず3ヶ月近くニート状態だったりする。中には、希望を見出せず今にも万引きしそうだと語る者もいるのだ。

ドキュメンタリーとしては、余計なテロップが多いのが玉に瑕なのだが、それでもこうした希望の裏にある厳しい現実も捉え、観賞者も受刑者同様に脳をフル回転させながら善悪と自己と向かい合わせる演出に興奮しました。Twitterを覗くと、初日なのにブンブン以外ほとんど語っていない哀しい状況なだけに、ここは是非イメージフォーラムで観てほしい!今月イチオシのドキュメンタリーである。

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