ミッドナイト・トラベラー(2019)
Midnight Traveler
監督:ハサン・ファジリ
評価:85点
難民映画祭でも上映された『ミッドナイト・トラベラー』。難民になった監督がサバイバルする姿をスマホで撮ったという情報だけで観たのですが、これが大傑作でした。
『ミッドナイト・トラベラー』あらすじ
タリバン指導者について作品を作ったことで死刑宣告を受けた、アフガニスタンの映画作家夫婦が、子どもとともに欧州へ逃れるまでの3年間の旅の記録。家族がスマートフォンを駆使して撮影した旅の日常は、逃避行の不安と家族の親密さをリアルに描き出している。この作品を見る者は、未だ戦争の影響が残る不安定な社会から排斥され、寄る辺ない存在になっても続く一家の日常を、生々しく目撃することになる。
※山形国際ドキュメンタリー映画祭より公式サイト引用
スマホは捉えた!ホンモノの難民/怒りのデス・ロードを!
2010年代は新たな撮影手法としてスマートフォンが現れた時代だ。『タンジェリン』を筆頭に、スティーヴン・ソダーバーグが『アンセイン~狂気の真実~』でスマホを駆使して鑑賞に耐えうる作品を放ち、その技術は確立されました。それは、ジャーナリズムの側面で効果を発揮し、『ミッドナイト・トラベラー』は10年前だったら映すことのできなかっただろう世界を魅せてくれた。
ハサン・ファジリ監督は2015年3月にタリバンから殺害予告を受け、タジキスタンへ逃亡する。そこから難民としてヨーロッパへ渡るのだが、カメラを失った彼はその道中をスマホで撮る事で惨状を世界に伝えられるのではと考える。同じく映画監督である妻と共に3台のスマホを駆使し、壮絶な旅の随所で撮り溜めた映像を繋げたのが本作となる。
全てが1回性であり、常に警察や亡命先にいるレイシストの暴力との狭間を縫うように撮られているので荒々しい映像が続くのですが、そこに映画監督としての哲学が反映されていく事で、単なるサバイバルドキュメンタリーの域を抜け出している。
監督は、撮れるものは全て撮る主義なので、ブルガリア・ソフィアを放浪中に遭遇した攻撃党による大規模移民暴行を撮ろうと家族置いて夜の街に繰り出すのだ。そして、そのまま無数に逃げる移民の渦に飲み込まれ右も左も分からない地獄の奥へと進んでいく。そこで明らかになるのは、過激派団体攻撃党と警察は組んでおり、移民に全く優しくない事。
この恐ろしい事実を知った監督は新しい地を目指して再び亡命を始めるのだが、そこで娘がいなくなってしまう。その時、監督は「良い画が撮れる」といったゲスな心に気づくのだ。今までも、自分の命よりも撮れ高重視していた彼だったが、娘の危機に対しても妻と共に同様の姿勢を取ってしまったことに嫌悪するのだ。
クリエーターなら誰しもが陥る、それこそ宮崎駿の『風立ちぬ』が描いた「戦争は嫌いだが、戦闘機は好き」といった矛盾に苦しめられるのです。
これはスマホという超小型の撮影機を得た、難民生活中のドキュメンタリー作家だからこそ生み出せたもので、ジャーナリストが総力あげても捉えることのできない形がそこにはありました。これは日本一般公開してほしいし、難しいようならNHKの《世界のドキュメンタリー》で放送してほしいと思いました。
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