【ネタバレ】『ジュリアン』何故Proud Maryのシーンが異様に長いのかについての考察

ジュリアン(2017)
Jusqu’a la garde

監督:グザヴィエ・ルグラン
出演:レア・ドリュッケール、ドゥニ・メノーシェ、トーマス・ジオリアetc

評価:55点

『Avant que de tout perdre(すべてを失う前に)』で第86回アカデミー賞短編映画賞にノミネートしたグザヴィエ・ルグランが初長編映画の題材として、本作のリメイクを選んだ。そうして完成した『ジュリアン』は第74回ヴェネツィア国際映画祭ので上映され、銀獅子賞を獲得し、フランス本国でも大ヒットロングランしました。映画情報サイトAlloCineの編集者が選ぶ2018年ベスト映画では1位に輝きました。そんな作品をアップリンク吉祥寺で観てきました。

※ネタバレ記事です。

AlloCine編集局が選ぶ2018年ベストテン

1位:『ジュリアン
2位:『Hostiles』
3位:『Dogman』
4位:『Girl』
5位:『スリー・ビルボード
6位:『バーニング 劇場版
7位:『En Guerre』
8位:『ソヴァージュ
9位:『Les Frères Sisters』
10位:『君の名前で僕を呼んで

『ジュリアン』あらすじ

離婚したミリアムとアントワーヌ。ミリアムは息子のジュリアンをアントワーヌに近づけたくなかった。しかし、裁判所の判決により隔週末にジュリアンはアントワーヌに会わなくてはならなくなる。ジュリアンは、母を守るために嘘をつくのだが…

フランスの親権制度

フランスでは事実婚が多いという話はよく聞く。実際に結婚後離婚すると、手続きが面倒臭いというのもあるのだが、理想のパートナーじゃないとわかった途端別れがちなマイペースフランス文化というのも影響しているらしい。そして厄介なのは、フランスの場合、離婚した場合でも親権は両親にあるというところ。日本の場合、民法819条で下記のように決められています。

第819条【離婚又は認知の場合の親権者】
① 父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。
② 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。
③ 子の出生前に父母が離婚した場合には、親権は、母が行う。ただし、子の出生後に、父母の協議で、父を親権者と定めることができる。
④ 父が認知した子に対する親権は、父母の協議で父を親権者と定めたときに限り、父が行う。
⑤ 第1項、第3項又は前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、父又は母の請求によって、協議に代わる審判をすることができる。
⑥ 子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は、子の親族の請求によって、親権者を他の一方に変更することができる。
※司法書士試験攻略サイトより引用

もちろん、面会交流権を行使すれば、赤の他人となっても子どもに会うことはできるのですが、フランスの方が最初から両親平等に親権が与えられているので厄介です。会わせたくないと思っても、裁判所は《平等》を重んじるので、しっかりと子どもを渡さないといけません。

実際にフランス人と結婚し、離婚を体験しているライターの林瑞絵著『パリの子育て・親育て(花伝社、2012)』によると、娘を連れて日本に帰国しようとした際に、元夫に止められたとのこと。そして元夫の承諾なしに国外へ連れ出すことは刑罰の対象になり、場合によっては誘拐犯として扱われる恐れがあるとのこと。またフランスでは離婚が多いため、学校にはよく母子家庭、父子家庭の子がいるとのこと。それだけに、本作がフランスで大ヒットしたのも頷ける。フランス人にとって身近な問題を扱っているのだ。

もはやホラー映画

そして、本作はDV男と離れたがっている女性の話だ。ミリアムは暴力的な夫と離れるため、離婚したにも関わらず、息子の親権でもって夫の呪縛から逃れることができない。それを息子は慮り、アントワーヌに嘘をつき続ける。ミリアムは実家にいるし、なんならアントワーヌの知らない場所に拠点を構えている。バレないように嘘を築こうとするのだが、アントワーヌの威圧的な態度に心が折れていく。そして、終盤はそこらへんのホラー映画よりも怖い展開になっていく。

絶望的な状況に観客は指を咥えて見守るしかありません。

ただ、ちょっと退屈

フランスでは概ね好評な本作ですが、個人的にちょっと不満が多い作品でもありました。というのも、ミリアムの姉妹や、アントワーヌの家庭とキャラクターがたくさん登場するにも関わらず、それが記号的にしか使われておらず、人間の描きこみが圧倒的に弱かったのです。また、裁判のシーンが単調だったり、ミリアムとアントワーヌのバトルシーンが一辺倒のゴリ押しだったりと、まあ長編デビュー作だから許されてはいるが、作劇としては、そこらへんの胸糞映画と大差ない凡庸さがありました。

日本の予告編がとても鑑賞意欲をそそるものだっただけに肩透かしをくらってしまいました。

何故Proud Maryのシーンが異様に長いのか?

本作、中盤パーティでミリアムの姉がティナ・ターナー版『プラウド・メアリー』を熱唱する場面があります。何故かこの場面、10分近くも描いているのです。個人的に、ハッチポッチステーションでグッチ裕三が、ヒマン・ターナーという芸名で『どんぐりころころ』と超融合しているパフォーマンスを思い出してしまい、脳内で「どんぐり、どんぐり、どんぐり・オン・ザ・リヴァー」とヘヴィーローテーションされてしまい大草原不可避でしたw
著作権の関係で、この場面日本語歌詞が付いていなかったのですが、実は物語的重要なメッセージが込められているのではと考えることができます。今やティナ・ターナーのカヴァー曲が有名になり過ぎてしまったのですが、元々はクリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)のジョン・フォガティが作詞作曲した曲です。

洋楽の翻訳をしているブログ「華氏65度の冬」の『プラウド・メアリー』解説記事によると次のように書かれている。

当初、まだ生まれていない「プラウド·メアリー」という歌の内容について、ジョン·フォガティは「生活のために金持ちの下働きをさせられながらも、誇りは忘れない貧しいメイドさんの物語」みたいなのを考えていたらしいのだが、ある日バンドのメンバーと「マーベリック」というテレビドラマで川船がレースをしているシーンを見ていて、「船の名前でも行けるやん」という話になり、小さい頃に読んだマーク·トウェインの小説のイメージなどが次々と出てきて、それで最終的にできあがったのがこの曲だった、と彼氏は語っている。

実際に歌詞を見ていくと次のような内容となっている。

Left a good job in the city
Workin’ for the man ev’ry night and day
And I never lost one minute of sleepin’
Worryin’ ‘bout the way things might have been

ブンブン訳:都会のいい仕事やめてきたのよ
毎晩毎日アイツの為に働かされた
ああすればよかったなんて心配し、
寝る間を惜しむなんてしなかったわよ!

つまり、酷使され過ぎて、自分の人生を決める時間すらなかった女性の苦しみが語られている。そして、この曲は「Rollin’, rollin’, rollin’ on the river」とプラウド・メアリー号が猪突猛進する躍動感によって、仕事から解放された女性のカタルシスを表現している。そのカタルシスを、『ジュリアン』に重ね合わせているのではないだろうか?何故、ミリアムの姉はCCRバージョンでも、エルヴィス・プレスリー版でもなく、ティナ・ターナーなのか?女性だから?有名だから?

いや、ちゃんと理由はあると思う。ティナ・ターナーバージョンは、静かな語りから入り、押し殺したように感情を内に溜めて溜めて溜めて、そしてサビのところで爆発する再構築が施されています。ブラック企業、女性蔑視の中で抑圧されてきた女性の感情の爆発というのを効果的に表現しているのだ。

そしてミリアムの姉が歌うことで、ミリアムが早くアントワーヌの呪縛から解放されて新たな人生を歩めることを願っているように魅せているのです。しかしながら、その応援歌も虚しく、彼女とジュリアンは、銃を持ったミリアムに襲撃されてしまう。その皮肉を強烈に魅せるための表現だったのではないでしょうか?

エンディングは意地悪にして欲しかった

個人的に、胸糞映画としては別のエンディングを期待していました。アントワーヌが銃を持って、ミリアムの新居を襲撃する。警察にミリアムは連絡し、バスルームに逃げ込む。そして警察とのバトルの末に、彼は捕まる。そして女性警官が、もう安心ですよと言い、恐る恐る扉を開けて安心するところで映画が終わる。

ブンブンだったら、バスルームのシーンだけを映して、警察の攻防を映す。そして女性警官の「もう安心ですよ、外に出てきて。」という声を聞き、恐る恐る扉を開くと、銃口をアントワーヌに銃口を突きつけられた女性警官が、ガクガクしているという強烈胸糞エンディングを持ってきます。その方が、親権問題の泥沼に対する皮肉として効果的に演出できると考えているからです。

グザヴィエ・ルグラン監督は胸糞映画を作った認識だとは思うが、やはりミヒャエル・ハネケやラース・フォン・トリアーなどと比べてしまうと、どうしても生温いし、人物描写にも弱い部分があるなと感じてしまいました。それでも、《プラウド・メアリー》の使い方やジュリアンの表情の捉え方など、光るところはいくつかあったので、新鋭監督として期待できるのは間違いないので、次回作も楽しみにしたいと思います。

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