『Madeline’s Madeline』ゴッサム賞ノミネートの注目演劇映画

マデリンズ マデリン(2018)
Madeline’s Madeline

監督:ジョセフィン・デッカー
出演:ヘレン・ハワード、ミランダ・ジュライ、
モリー・パーカーetc

評価:60点

ゴッサム賞(The Gotham Independent Film Awards)で作品賞にノミネートしている作品。近年流行のマンブルコア映画に属し、『レディ・バード』とは対の関係のような作品である。

『Madeline’s Madeline』あらすじ

思春期真っ盛り、感情がコントロールできない少女はコンテンポラリー演劇にのめり込んでいる。そんな彼女を、正しい方向に導こうとする母との間で軋轢が生じ、ドンドン少女は過激さを増していく…

思春期は《何者》の渦を彷徨う

映画の中での《演劇》はここ100年で大きく変わった。アンドレ・バザンがブイブイ暴れていた時代は、今でいう人気漫画の映画化的に等しい扱いとして映画の中で《演劇》が扱われた。それが、1990年代以降から、思春期の高まる感情、なりたい自分にはなれていないが、演劇の中では他者になれる、心理的揺らぎを表現する為に《映画の中の演劇》というフレームワークが使われ始めてきた(『桜の園』『身をかわして』etc。

さて、本作ではコントロールできない思春期の心情を見事演劇に託している。少女は、ウミガメ、ネコ、ゴリラにトリと動物を演じる。人間はほとんど演じない。ここから、少女は理性よりも本能の世界に没入していることが伺える。そして、母は本能の世界に染まった彼女を救おうと沼を掻き分け、彼女を引きずり出そうとするのだが、反対に少女は母を自分の沼に引きずりこもうとする。母の世界から逃れようとする『レディ・バード』とは対極の反応を魅せていく。

そして、少女の制御不能な心は外の世界をドンドン侵食し、街中でゴリラの真似をして暴れるようになってしまう。

1990年代以降度々扱われてきたこの手のテーマだが、明らかに違った世界を見せつけてくる。まるで『イレイザーヘッド』に登場する不気味な赤ん坊の目線から、狂気の世界に陥る父を見ているかのような世界観。シンプルながらも、一度観たら忘れられない世界がそこにありました。

ただ、荒れ狂う演劇の世界というのはジャック・リヴェットの『アウトワン』を観てしまうとパワープレイゴリ押し映画止まりに見えてしまう。『アウトワン』では11時間かけて、無軌道に荒れ狂う役者の物語が段々と1つの点に収斂されていく。そこに面白さがあった。

やはり現実とは違い、これは映画だ。ある程度は物語の着地を描かないと、ただ物語をひっちゃかめっちゃかに散らかしてしまっているだけに過ぎずどうでも良くなってしまう。実験映画ならともかく、物語る要素がある以上、無軌道な少女の決めた道ないし未来を魅せて欲しかった。個人的にはあのエンディングは、安易で思春期少女が理想と現実との間にどう線を引くのかというのがあまり描かれていないような気がした。

ブロトピ:映画ブログ更新

https://blogcircle.jp/commu/43/topic/3

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です