愛しのアイリーン(2018)
監督:吉田恵輔
出演:安田顕、ナッツ・シトイ、河井青葉etc
もくじ
評価:90点
公開前から、吉田恵輔が『犬猿』を超える作品を作ったってことで話題になっていた作品『愛しのアイリーン』を観てきた。兄弟喧嘩、姉妹喧嘩の差異を重厚に描き、意地悪でユーモラスで素敵なアンサンブルを創り上げたあの『犬猿』の熱から半年ぐらいしか経ってないのに早くもそれを超えてくる?そんな話があるかと斜に構えて挑んだのだが…これが驚いた。大傑作だった。軽く吉田恵輔は進化して魅せた。それこそ、空族が描いて魅せた世界規模の搾取の構造に迫るドラマがそこにあったのだ。今回は、ネタバレありで、本作の魅力について語っていく。『愛しのアイリーン』あらすじ
『ワールド・イズ・マイン』の新井英樹の同名漫画の映画化。田舎の農村部。パチンコ屋で働く男・宍戸岩男は家族から早く結婚しろと言われ辟易していた。村の閉塞感は辛く、彼はフラストレーションを募らせていく。そして、ある日家出する。そして暫くが経ち…彼は連れてきた。フィリピンから花嫁を。数百万で買った花嫁。これで幸せになれると思っていた。しかし…長岡花火を《空》ではなく、《客席》にぶっ放す!
吉田恵輔監督の今年は、人間と社会の構造に迫った年らしい。『犬猿』では、肉体的喧嘩としての兄弟喧嘩、精神的喧嘩としての姉妹喧嘩を互いの恋心をクロスさせる事で唯一無二の世界を作り出していた。今回は、地方都市の閉鎖的空間で起きている濃すぎる人間関係起因の問題とフィリピンの闇ビジネスを混ぜ合わせる。こちらは原作ものではあるが、吉田恵輔の激辛ソースが観客の黒い笑いと赤い怒りと白い悲しさを引き出す傑作であった。
吉田恵輔は地方都市の閉鎖性を徹底して描く。人口が少ないが故にイベントが少ない。それだけに、人々は変化を欲しがる。だから他人の恋愛や、大事件をハイエナのように嗅ぎ回る。ただし、外部からの異物は徹底して排除しようとする。異物が、自分たちの今の環境を壊してしまうのではと思うからだ。これは、かつてその土地に住んでいた者であろうと変わらない。河井青葉演じる吉岡愛子は、上京したものの事情があり戻ってきた人。村の住人たちは、「裏切り者だ」「都会で男を弄んだ女」だと陰口を叩くのだ。そして、村人が宍戸岩男の花嫁は誰かと詮索する中、彼が連れてきたのがフィリピンの女だと知り、ドン引かれる。彼の母に関しては猟銃を持って撃ち殺そうとする。
プロブロガーのイケダハヤトが高知県の山奥に移住し、「まだ東京で消耗してるの?」と煽っているのも受け、また地方自治体が若者を呼び込もうとキャンペーンをしていることもあり、地方移住に関する関心が高まりつつある一方、濃い人間関係に耐えられなかったという内容の記事が定期的に話題になっている。実際に表向きでは分からないような閉塞感を吉田監督は得意の気まずい間でもって描きだす。
フィリピンの惨状を捉えたドキュメンタリーでもある
ただ、それだけなら『犬猿』と変わらない吉田監督らしい作品なのだが、今回フィリピンロケにて彼は進化した。主人公の宍戸岩男は、フィリピンで花嫁を買うのだが、この描写がもはやドキュメンタリーとなっている。おっさんたちが車に乗せられてフィリピンの婚活会場へと向かう。「今日は30人とお見合いを行います」という驚愕の知らせが車内に響き渡る。そしてお見合いがスタート。フィリピンの貧困家庭は、金を稼ぐために娘を違法であるお見合い国際結婚させるのだ。なので、お見合いに来る花嫁はみんな必死。片言の日本語で「アナタ、イケメン、ハンサム、ステキネ」と言うのだ。岩男が見つけた女性アイリーンもその一人。猫のように、少女のように振る舞い、岩男の嫁となった。岩男は、アイリーンの家族に会う。アイリーンの家族は貧しい大家族で、仕送りを毎月してほしいと頼む。そして手始めに30万円を渡す。すると、婚活マネージャー・竜野が、「そんな大金渡さない方がいいよ。フィリピンの月収は2万円だ。過度な期待をさせたらアカン。」と。そしてフィリピンで結婚式が始まるのだが、泣き叫ぶ夫婦がいる。岩男が何事か?と竜野に訊くと、「彼女をいくらで売ったんだ?と怒っています。でもあんまり気にしない方が良いですよ。」と語る。岩男がアイリーンと愛を確かめ合い、一発SEXしようと巨大化したムスコを取り出すと…アイリーンがギャーと叫び、NO,NO,NOとSEXを拒み始めるのだ。
この一連の流れをドキュメンタリータッチで描く。この生々しい現状に悲しくなった。アイリーンは、サクリファイスなのだ。金を稼ぐために、愛を岩男に捧げているが、股まで捧げたくはないのだ。よく、人間はいくらでも変われる。夢なんて掴もうと思えば掴めるというが、本当の貧困は、夢を掴む選択肢すらとてつもなく少ないのだ。アイリーンは、岩男行きつけのバーの人に、「アイリーンは自分で選んだんでしょ?」と言われる。「結局、売春と変わらないじゃん」とまで言われる。確かに、アイリーンは自分の意思で過酷で悲惨な道を選んだ。ただ、彼女にはその道しかなかったのだ。この苦悩に農村の閉鎖的濃い人間関係が加わる。異物を排除したい者である岩男の母による強烈な差別的暴言の応酬が始まるのだ。岩男の母は、アイリーンが日本語をそこまで知らないことを良いことに、「この虫けらめ」と笑顔で言ったりするのだ。
差別により復讐に燃える男
中盤、伊勢谷友介演じるフィリピンハーフのヤクザ塩崎裕次郎が登場する。彼は、岩男同様の国際結婚した夫婦の元に生まれた子どもだ。しかし、夫は妻を捨て、妻は売春の道に溺れ破滅した。それにより、塩崎は父を恨み、また日本人を恨むようになった。そしてアイリーンを、どうにかして自分の復讐に利用できないかと画策し始めるのだ。差別が、どういった弊害を産むかを辛辣に描いているのだ。近年、地方都市では若者不足、人出不足により、労働力を外国から輸入している(想田和弘のドキュメンタリー『牡蠣工場』からもその様子が伺える)。語学研修だと称して3Kの業務に導入させている。そして、アジア方面から来る若者はあまりに過酷な現場に、高慢でこき使う日本人に嫌気が差し、逃亡する。逃亡した留学生が後にどうなっていくのかが垣間見えて背筋が凍った。普遍的負の連鎖を描いた
このように、吉田監督は一見日本映画らしい狭い空間での物語を描いているように見えて、閉鎖的空間の差別問題と、フィリピンのお見合い婚問題をミックスさせることで、差別により起こる負の連鎖というものを辛辣に描いた。それも爆笑のコメディとして。ひたすらに安田顕が、コツツコツマネー!おまんこーーーーーーーー!!!!と絶叫しながら、本能向くままに暴れ散らす地獄のバージンロードに、腹筋が崩壊しっぱなしであった。しかし、浮き上がってくる強烈な差別に嫌悪感を抱く。そして、皮肉なことに大作邦画にありがちなお涙頂戴壮大な風景での慟哭に思わず涙してしまう。吉田監督の一貫した意地悪な作風に完全ノックアウト、参りました。今週は、熊にアイドルに真摯な宇宙人と話題作が多すぎて、あまり注目されていないような気がするが、下半期MUST WATCHなんなら道徳の教科書がわりに観て欲しい傑作でした。
それにしても『犬猿』のニッチェ江上敬子といい、ナッツ・シトイといい、映画素人をここまで魅力的に内秘めた演技力を引き出す吉田監督、本当に凄いです。
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