考察

2021映画

【超長尺映画】『ハイゼ家 百年』百年の「豊饒な」孤独

問題の30分以上に及ぶ強制移送されたオーストリア系ユダヤ人のリストは体感時間ではなく、本当に30分存在したのだ。従来もクロード・ランズマン『ソビブル、1943年10月14日午後4時』のラストで収容所に収監された人のリストを読み上げられる場面があるが、本作は変わった演出となっている。目の前に映画のエンドロールさながらスクロールされるリストに対して、そのリストとは無関係に見える手紙のやりとりが読まれるのだ。リストの日付も全く関係ない。これはどういうことか。じっくりと観ていくと段々と納得してくる。手紙では段々と社会情勢が悪化し、石炭等の物資が手に入らなくなり、移送の為限られた荷物だけもって家から追い出されていく家族のやりとりが語られていく。そうです。我々は未来の視点から結末を「目」で追い、一方でその悲惨な未来に向かって突き進む様子を「耳」で追っているのだ。

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【アカデミー賞】『ザ・ホワイトタイガー』Netflixに踊らないインド映画登場

主人公バルラム(アダーシュ・ゴーラブ)はインド片田舎の低カースト市民だ。この村の人は自分のカーストに満足している。檻に入れられた鶏はその状況に満足し、自由を勝ち取ろうとしていない。だがバルラムは違う。バイト一つとっても栄転のチャンスを伺っており、情報収集していたのだ。これは、先進国と移民労働者との関係性を鋭く象徴しているようにもみえる。ヘコヘコしているようで、出世する為、心の中では野望をギラつかせている。能ある鷹は爪を隠す様子を、ナレーションの黒いユーモアと、実際の行動を対比させることで効果的に描いているのだ。

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【考察】『モンスターハンター』ポールの異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めてネルスキュラを愛するようになったか

『モンスターハンター』をやったことのある人なら、ディアブロスやリオレウスとミラ・ジョヴォヴィッチとの死闘が目玉になっているだろうと思うはずだ。実際に予告編では、そのような戦闘シーンにフォーカスがあたっていた。ポール・W・S・アンダーソンのインタビューを読んでも、白羽の矢が立った映画化ではなく、彼は本当にモンハンが好きなんだということが伺えた。

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【アカデミー賞】『ファーザー』最恐の殺し文句「ちょっと何言っているか分からない」※ネタバレ考察

アンソニー(アンソニー・ホプキンス)は81歳。愛する娘アンが世話をしてくれている。そんなある日、彼女は「恋人とパリで暮らすの」と語る。ある日、アンソニーは家に見知らぬ男がいることに気づく。彼はアンの夫だと言う。10年以上彼女と暮らしていると語り始めるのだ。違和感を抱くアンソニー、すると彼の周りで怪奇現象が起き始める。チキンを調理していたその男は突然消える。彼だけでなく、もう一人いるはずの娘ルーシーがいない。「パリで暮らす」と言っていたアンが、突然「そんなこと言っていない」と突き放す。家族と楽しく話しているはずが、段々と顔に翳りが出てきて何故か泣き始める。一体何が起こっているのだろうか?

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【ネタバレ考察】『ブレイブ 群青戦記』高校生よこれは戦争だ!死と隣り合わせなのだ!

冒頭、よくある大衆映画にありがちな長い前置きを大幅にショートカットして、タイムスリップを強制発動させる。そして高校生の前に、落ち武者のような軍団が右から左から雪崩のように押し寄せて来て、高校生を皆殺しにする。そうです、時は戦国時代だ。情け無用弱肉強食の世界。高校生という安全圏は存在しない。原作はどうかわかりませんが、ここで本広克行は部活動を映画的に魅せるオーディションを開始する。映画として描いた際に、学校の華である野球部やサッカー部といった球技は魅力的に映すことが難しい。そこでサッカー部を無惨に抹殺する。そして野球部を球技担当として採用する。野球部にはボールとバットがある。これで戦ってもらうことにする。そして、格闘技系を硬め、その中心に科学部を配置することで文化系要素を追加するのだ。武器として映えないテニス部は潔く留守番させ、現代に戻るための装置作りの要員として動かす。

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『クリシャ』クリシェのクリシャ

本作は、謎の訪問者クリシャにそのクリシェを纏わせることで、固い絆で結ばれているようで脆い人間の心理を暴き出している。冒頭、5分以上に渡る長回しで、クリシャの帰還が描かれる。車から降り、ブツブツと独り言を発しながらベルを鳴らす。しかし、誰も出ない。どうやら家を間違えたようだ。クルッと振り返ると、目をカッと開いた彼女がカメラの方に向かって歩いてくる。その異様な佇まいから不穏な様子が滲み出る。そして家の中に入るのだが、温かく迎えてくれるようでどこかよそよそしい家族が映し出される。よくよくみると、彼女の右手人差し指には包帯が巻かれている。家族は、家の中で団欒としているが、激密な空間の中で好き勝手に動き回り、騒々しい。息苦しさが漂っている。そんな中、クリシャは独り七面鳥の丸焼きを作り始めるのだ。家族は手伝うよと言いつつも、何も手伝っておらず彼女を放置する。

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【OAFF2021】『ナディア、バタフライ』身体の一部が喪失する倦怠感

何十年も、一つのことに没頭してきた者がそれを失う時、そこには大きな喪失感が生じる。本作は東京五輪をテーマにしたスポーツ映画でありながら、試合のシーンを横に置くユニークな演出が特徴的な作品だ。通常の映画であれば、引退する水泳選手の物語を描くのであれば、最後に有終の美としての泳ぎを魅せる。しかしながら、『ナディア、バタフライ』は冒頭20分で練習の場面と最後の試合の場面を完了させてしまうのだ。そして、その場面がとてつもなくスリリングで美しい。