西暦01年(1973)
L’An 01
監督:ジャック・ドワイヨン、アラン・レネ、ジャン・ルーシュ
出演:ダニエル・オートゥイユ、ジョジアン・バラスコ、フランソワ・ベランジェetc
評価:75点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
日仏学院のメディアテークにてジャック・ドワイヨン、アラン・レネ、ジャン・ルーシュが共同監督した幻の作品『西暦01年』のDVDがあったので借りて観た。本作は邦題こそついており特集上映かなにかでやっているはずなのだが、インターネット時代以前なのか全く情報が出ていない一本である。実際に観てみるとジョージ・オーウェル「動物農場」やチャップリン「モダン・タイムス」を彷彿とさせる社会風刺の映画であった。
『西暦01年』あらすじ
The film narrates a utopian abandonment, consensual and festive of the market economy and high productivity. The population decides on a number of resolutions beginning with “We stop everything” and the second “After a total downtime will be revived-reluctantly-that the services and products including lack will prove intolerable. Probably: water to drink, electricity for reading at night, the TSF to say “This is not the end of the world, this is an 01, and now a page of Celestial Mechanics”. The implementation of these resolutions is the first day of a new era, Year 01. The Year 01 is emblematic of the challenge of the 1970s and covers such diverse topics as ecology, negation of authority, free love, communal living, rejection of private property and labor.
訳:この映画は、市場経済と高生産性を放棄し、合意に基づき祝祭的なユートピアを描いている。住民は「すべてを停止する」という決議から始まり、「完全な停止の後、不本意ながらサービスや製品が復活するが、不足は耐え難いものとなるだろう。おそらく、飲料水、夜間の読書のための電気、TSFが『これは世界の終わりではない、これは01であり、今から天体力学のページだ』と言うだろう」という決議に至る一連の決議を決定する。これらの決議の実行は、新しい時代、01年の初日である。01年は1970年代の挑戦を象徴しており、エコロジー、権威の否定、自由恋愛、共同生活、私有財産と労働の拒否など、多様なテーマを扱っている。
理想郷を笑い飛ばして
本作はジェベによる同名漫画の映画化である。監督がヌーヴェルヴァーグの厳ついメンバーであることからお堅い映画に思えるが、コメディである。本作を観るとアラン・レネが漫画といったメディアに関心を持っていたことがわかり、後に親友であるマーベルの創造神スタン・リーとの思い出を描いた半自伝的作品『お家に帰りたい』を撮るのも必然だったように思える。
昨今のA24が過小評価されているYouTube動画やSNS動画の要素を映画に取り込み新しい波(=ヌーヴェルヴァーグ)を引き起こそうとする流れを1973年に漫画でやろうとしていたことがうかがえる。
本作は資本主義を否定し共産主義へ移行していく過程を分析したような作品である。過剰な生産を辞め、やむ得ない事情があるものに限り生産を復活させていくといった理想像を思い浮かべながらもその困難さや滑稽さを描く。映画は明確な主人公がおらず、目まぐるしく登場人物を切り替えることで社会システムとしての制度を捉えようとする。
市民は労働から解放され余暇を謳歌する。だが、そこには機能を失った自転車が横一列に並んでいたり、メトロと書かれた彫刻を通過して嬉々としているだけである。機能を徹底的にそぎ落とした世界は気持ち悪いほどに機能不全へと陥っている。興味深いのは資本主義を象徴する銀行員が次々とウォール街の高層ビルから飛び降りている。それは明らかに人形ではあるものの執拗に反復されるイメージは変革に伴う犠牲の面を強調しているのだ。
ギー・ドゥボールは徹底的にそぎ落とした冷たいイメージでもって社会に蔓延するスペクタクルを批判したが、漫画的荒唐無稽、離散的なイメージの結合でもって批判するアプローチもあるんだと学んだのであった。











