『世界の終わりにはあまり期待しないで』AIだって、TikTokだって「映像」という宿命で繋がっている

世界の終わりにはあまり期待しないで(2023)
Do Not Expect Too Much from the End of the World

監督:ラドゥ・ジューデ(ラドゥ・ジュデ)
出演:イリンカ・マノラーチェ、ニーナ・ホス、オヴィディウ・ピルサン、ドリナ・ラザール、アンディ・ヴァスルヤーノetc

評価:100点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

ルーマニアのラドゥ・ジューデ(ラドゥ・ジュデ)ほど、「映像」に真摯な映画監督はいないだろう。映画業界はSNS動画を映画的に活用できずに10年近くが経った。ラドゥ・ジューデ監督は『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』にてSNS的表現の可視化に成功しており、第二部での乱雑に並べられるフッテージや第三部でのコスプレ茶番劇はSNSそのものであった。本作は突然出てきたものではなく、「映像」表現の可能性をずっと探求してきた監督の到達点ともいえる。

The Dead Nation』では写真を並べるだけでルーマニア史を語ろうとする。『Uppercase Print』ではフッテージによるコラージュと淡々とした朗読で物語る。『野蛮人として歴史に名を残しても構わない』では、ドラマパートとドキュメンタリータッチで撮られた演劇パートを組み合わせ、自分がしたくないこと、直視したくない事象を隠蔽するため無知を装う醜悪さを描いていた。彼の映像表現における手数の多さは、ラドゥ・ジューデが選ぶお気に入り映画50選を見ると明白だ。ギー・ドゥボール『分離の批判』にはじまりスタン・ブラッケージ、ペーター・チャーカスキーといった実験映画作家、リュミエール兄弟やチャールズ・チャップリンといったサイレント映画時代の作家、そして短編映画を多く選んでいることから納得がいく。

さて新作の”Do Not Expect Too Much from the End of the World”がやたらと評判が良い。カイエ・デュ・シネマの年間ベストにもついにラドゥ・ジューデの名が刻まれた。そして、この作品にはまさかの邦題がついている。それは『世界の終わりにはあまり期待しないで』だ。理由は簡単、北九州国際映画祭で上映されたからだ。当時は入院明けもあっていけなかったのだが、MUBIで配信が始まったのでついに観ることできた。

2024年上半期のベストはぶっちぎり『ジャン=リュック・ゴダール 遺言 奇妙な戦争』だと思っていたが、それを超えてくる大傑作であった。

カイエ・デュ・シネマベスト2023

1.Trenque Lauquen
2.瞳をとじて
3.落下の解剖学
4.フェイブルマンズ
5.枯れ葉
6.Unrest
7.世界の終わりにはあまり期待しないで
8.The Temple Woods Gang
9.あやまち
10.A Prince
10.ショーイング・アップ

『世界の終わりにはあまり期待しないで』あらすじ

An overworked and underpaid production assistant must drive around the city of Bucharest to film the casting for a workplace safety video commissioned by a multinational company. When one of her interviewees makes a statement that ignites a scandal she is forced to re-invent the whole story.
訳:過労で低賃金の制作アシスタントは、多国籍企業から依頼された職場の安全ビデオのキャスティングを撮影するため、ブカレスト市内を車で走り回らなければならない。取材対象者のひとりがスキャンダルを引き起こす発言をしたとき、彼女はすべてのストーリーを作り直すことを余儀なくされる。

MUBIより引用

AIだって、TikTokだって「映像」という宿命で繋がっている

本作は、低賃金過労の映像制作アシスタントであるアンジェラが交通安全ビデオのキャスティングを行うためにブカレスト市内を車で走り回るというもの。映画は二部構成となっており、キャスティングを行う2時間ぐらいのパートと実際に撮影を行うパートに分かれている。

第一部ではいくつかユニークな演出が際立つ。まず一つ目はなんといっても、AI合成によるライブ配信だろう。アンジェラはストレスが溜まると場所を問わずライブ配信をする。その時にはAIを使った合成技術で、スキンヘッドのおっさんの顔を纏い、「ボビツァ」として暴言を巻き散らかす。Knights of Odessaさんの調査によれば、欧米で有名な差別主義者のTikTokerでルーマニアに移住後に強姦容疑で逮捕されたアンドリュー・テイトの友人を騙っているとのことなので相当な差別主義者を演じているといえる。このライブ配信の場面は映画がよく陥りがちなクローズアップした顔を映すだけの貧相な画になることはない。鏡を背に配信を行うのだが、鏡に映る後ろ姿まで顔合成機能は働かないので、後ろ髪はブロンドロングヘアーになっており、絶妙な気持ち悪さを持っているのだ。また、彼女がなぜヘイト動画を撮るのかが段々と分かってくるのだがそれが興味深い。彼女が車を運転していると、次々と車から男が身を乗り出して「ヤラせろ」と言いながらモノを投げつけてきたり、煽り運転に巻き込まれたりするのである。彼女は「女性」として向けられる社会の刃から解放されるために、醜悪な男になって同化するのだ。

日本の場合VTuberやメタバースなど女のアバターを着て活動する人が少なくない。その活動は男としての生き辛さに対して「可愛い」を纏うことで解消しているような見方ができる。生理を始めとする女性の身体的痛みや街を歩いていたらぶつかられたり性的な眼差しを向けられるといった心理的痛みを継承することなく、纏えるものとして仮想的な異性の姿が存在するように捉えることができる。それを考えると、対照的な描かれ方をしていて面白く観た。

さて、第一部ではさらに面白いことに1981年に制作されたルチアン・ブラトゥの映画『Angela Moves On』のフッテージが随所に挿入されていく。アンジェラの行動とシンクロするようにフッテージが挿入されていき、例えば彼女が待ち人をピックアップするところで、映画の女性タクシー運転手がおじさんをピックアップする場面が重ねられるのだ。これは映画と現実の対比表現として使われているように思える。映画はある種のファスト人生であり、決められた上映時間の中で円滑にことが進む。しかし、現実は延々と続く仕事に忙殺されていく。それが交通渋滞といったメタファーで強調されていく。これを安易な対比にしないために、映画のフッテージを超絶スローモーションにしながら引用し、映画の「決められた時間の中、円滑に物事が進む」を否定し、現実に近づけようとしている。この工夫が慧眼であった。

第二部では、実際にキャスティングが終わり撮影に入る。ここでは私が記憶する限り、40分わずか2カットで描いている。そこでは映画史の話や政治的議論をしながら、わずか数分の映像を撮るためにダラダラと膨大な時間が費やされる様子が描かれる。ここで面白いエピソードをひとつ紹介しよう。被写体のひとりが、「たくさん、再撮影しないといけない感じ?」と監督に訊く。すると、「『たくさん』だって?チャップリンは『街の灯』を撮るために800ものテイクを重ねたぞ」と説教を始めるのだ。そして、背景にバリケードがチラッと見えているのが気に食わないらしく、取り除くかどうかでうじうじ迷い始める。明らかに撮影が長引く予感が漂い厭な面白さがある。

また、この長回しがとてつもなく高度なことをしている。ゴダールが映像の力を信じる中で「黒画面」について研究していたのだが、ラドゥ・ジューデに言わせれば、カメラを挟んで対話している2つの群の間に人を立たせ、画を遮ってしまえば「黒画面」のショットは不要となるとのこと。このアイデアが慧眼であった。しかも、それに次ぐように緑色のパネルを顔が隠れるように持たせて、「ここは後で編集で入れる」と提示するグリーンバックを用いた「黒画面」用法も提示して魅せるのだ。そこに、突発的な雨や近隣住民からの罵声、バラバラながら的確な位置にフレームイン/アウトしていくスタッフ。そしてライブ配信するアンジェラが猥雑ながらテクニカルにカメラの前に組み込まれていくので感動した。

振り返ればTikTokもZoomもまるでサイレント映画初期に映画監督たちがおもちゃのようにして映像表現で遊んだように使っていて、ビル背景から顔だけがヌルっと飛び出す電波少年スタイルを取っている面白さも絶妙であった。なんだか、ラドゥ・ジューデなら猫ミームやずんだもん、ゆっくり実況も映画になりそうな気すらしてきた。

上映時間も長いしかなりハイコンテクストな内容なので日本劇場公開されるか微妙だが、映画関係者に会ったら推しておこうと思う。とにかく凄まじい大傑作であった。

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