『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』枠からはみ出た欲望

バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト(1992)
BAD LIEUTENANT Digitally Remastered Version

監督:アベル・フェラーラ
出演:ハーヴェイ・カイテル、ゾー・ルンド、フランキー・ソーン、ヴィクター・アルゴetc

評価:90点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

高校生の時に観てよく分からなかった映画『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』がデジタルリマスターされたのでシネマート新宿へ足を運んだ。誰もがSNSや職場でいくつもの人格を持つ分人時代に身を投じる今観ると、心に沁みる傑作であった。

『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』あらすじ

「キング・オブ・ニューヨーク」「フューネラル」などで知られるアメリカ・インディーズ映画界の鬼才アベル・フェラーラの代表作のひとつで、ニューヨークを舞台に、暴力と弱さのあいだで葛藤する人間と都市の暗部を描いた人間ドラマ。

ニューヨークに暮らす警部補のLTは、麻薬、賭博、買春など、警察官としてはもとより、人としてもあるまじき行為の数々に明け暮れている。ある日、教会の尼僧が強姦されるという事件が起こる。LTは野球賭博でできた借金を穴埋めしようと、懸賞金5万ドルがかけられた犯人を捕らえることに躍起になるが、被害者である尼僧が犯人を許そうとしていることを知る。賞金のためにも尼僧に犯人を告発するよう懇願するLTだったが、逆に彼女の信仰深さや敬けんさに触れ、おのれの弱さや罪深さに気づいていく。

1992年のカンヌ国際映画祭で上映されるも、ショッキングな描写や内容から賛否を呼んだ。不道徳な世界で生き、悪徳のかぎりを尽くしながらも、もがき苦しむ主人公LTを、「ピアノ・レッスン」「スモーク」などで知られるハーベイ・カイテルが怪演。

映画.comより引用

枠からはみ出た欲望

刑事は子どもを学校に送り届けるとシームレスにドラッグをキメて現場に直行する。凄惨な殺人現場をよそに、ベースボールの試合でメッツ、ドジャースどちらが勝つのか賭博が行われている。メッツは現在三連勝。あと一勝すれば、ゲームセットとなる。刑事は、仲間にメッツへ賭けるよう誘導しながら、自分はこっそりドジャースに1万5,000ドルも賭けている。そんなダメダメ刑事のオンオフが滑らかに切り替わる様子を描いていく。彼は、「父親」「刑事」とあるべき姿に収まろうと勇ましさを魅せつけている。一方で、娼婦の館やドラッグに身を投じる時、情けない彼の姿が露見する。欲望を前に彼は弱者だったのだ。しかし、社会にそれを見せないようにしてきた。そんな彼は、ドラッグに溺れていく中で段々と弱さを隠しきれなくなってくる。映画は、車や家といった空間を用いることで漏れ出す弱さを捉えている。例えば、車中ラジオでベースボールの試合を聴く場面。怒りに任せて銃でラジオを破壊するのだが、その瞬間を外から目撃されている。また、部屋でコカインを吸っているところを叔母に見られる場面がある。こうして、理想と現実の狭間で苦しむ彼は、レイプされてもなお祈り続ける尼僧に助けを求める。信仰すら失ったような街、自由と暴力が蔓延る街で許し続けることはできるのだろうか?本心では許してなくても、行動で無理やり許していくハーヴェイ・カイテルの演技、複雑化する現代の心理を体現するような身体表象に痺れたのであった。

※映画.comより画像引用

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