マイ・エレメント(2023)
Elemental
監督:ピーター・ソーン
出演:リア・ルイス、マムドゥ・アチー、ジョー・ペラ、シーラ・オンミetc
評価:90点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
最近、創作に忙しく映画館サボり気味な私ですが、夏休み映画をしっかり観ておく必要性を感じ劇場へと足を運ぶ。今回はピクサー最新作『マイ・エレメント』を観た。正直、火と水を擬人化した恋愛って、白人と黒人の恋愛のようなものを置き換えただけのように感じて、その予定調和をどのように超えていくかの意外性を予告編から感じ取れず低モチベーションだったのだが、ディズニー/ピクサー映画としてとても画期的かつシビアな内容を扱っている大傑作であった。こういうことがあるから偏見で敬遠してはいけないと思う襟を正したのであった。ネタバレありで書いていく。
『マイ・エレメント』あらすじ
「トイ・ストーリー」「モンスターズ・インク」「リメンバー・ミー」など数々の独創的な作品を世に送り出してきたピクサー・アニメーション・スタジオが、火、水、土、風といったエレメント(元素)の世界を舞台に描く長編作品。
火、水、土、風のエレメントたちが暮らすエレメント・シティ。家族のために火の街から出ることなく父の店を継ぐ夢に向かって頑張っていた火の女の子エンバーは、ある日偶然、自分とは正反対で自由な心を持つ水の青年ウェイドと出会う。ウェイドと過ごすなかで初めて世界の広さに触れたエンバーは、自分の新たな可能性、本当にやりたいことについて考え始める。火の世界の外に憧れを抱きはじめたエンバーだったが、エレメント・シティには「違うエレメントとは関わらない」というルールがあった。
監督は「アーロと少年」のピーター・ソーン。声の出演はエンバー役に「ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから」のリア・ルイス、ウェイド役に「ジュラシック・ワールド 新たなる支配者」などに出演したマムドゥ・アチー。日本語吹き替え版ではエンバー役を川口春奈、ウェイド役を「Kis-My-Ft2」の玉森裕太が務める。短編「カールじいさんのデート」が同時上映。
実はシビアで画期的な会話劇だった件
安堂ホセ「ジャクソンひとり」において、当事者以外が「黒人」と使うことに対し、「なんかね、すっごい濁点が多く聞こえるの。」と鋭く言語化していた。その濁音が多く聞こえる世界を徹底して魅せていく。通常、ディズニー/ピクサー映画には悪人が登場する。最近では善人だと思っていた奴が黒幕である変化球を使うこともある。いずれにせよ、社会問題をフィクションの中で取り込む中で悪人の存在は必要不可欠であるかのように描かれてきた。しかし、本作にはそれは存在しない。移民街の雑貨屋に対して営業停止を行おうとする役人も、仕事というシステムに乗っ取り適切に事務処理をしようとしているだけで、主人公たちを虐める気はない。それどころか、割と対話に応じてくれる。物語の中心となる、漏水問題の原因も、インフラ上の問題で収まっており、決して移民街を再開発するために市長が嫌がらせをしている訳ではないのだ。水の青年ウェイドと恋愛関係になることにより『ロミオとジュリエット』のような強烈な軋轢が起きるかといえば、それすら大人しいのだ。誰しもが、自分の役割を全うとしているだけの世界を描いている。つまり本作は異例中の異例な作品となっているのだ。
そんな世界の中で紡がれるのは、無意識なる加害性だ。このテーマこそ『ズートピア』でも描かれてきたことだが、火や水といった素材を擬人化することにより、強調されたものとなっている。例えば、火の属性が街を歩いていると、水属性を蒸発させてしまったり、木を燃やしてしまったりする。水属性も火属性の雑貨屋で物色していると、商品を破壊してしまったりする。こうした存在するだけで生じる加害性を序盤でしっかり提示する。これにより、それぞれの種族が他の種族に対して行う言動や振る舞いに棘を感じるようになる。
例えば、火属性エンバーの父がウェイドに対して火料理を食わせるところは、役所に対する嫌悪感を超えて、水属性に対する差別へと直結している。彼が食べたら水分が吹き飛ぶことを知っていながら試す、復讐の場面となっている。一方で、エンバーがウェイドの家に行くと、池のようなフロアとなっておりエンバーには敷居が高いものとなっている。そのことを「悪気はない」といいながらツッつくところに無意識なる悪意がある。常時、他の種族に対して加害と被害が混ざり合っている社会において、無意識に棘のある振る舞いをしてしまう状況が徹底して描かれているのである。
そんな状況下で『ロミオとジュリエット』的な恋愛が行われる。アメリカ映画は、斬新なことをしていても恋愛至上主義や家族至上主義に物語が引っ張られて意外と保守的な落とし方をするイメージがある。アカデミー賞作品賞を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』もそうだった。『マイ・エレメント』も終盤までは、恋愛至上主義、家族至上主義の映画に思えた。そして家族を取るかキャリアを取るかの二択を迫られた際に災害が発生する。この災害シーンがあまりに凄惨なので、ステレオタイプな家族像を破壊して乗り越えるタイプなのかと思ったら、最後まで対話を行い、家族や水属性と円満な関係を築きエンバーはインターンへと向かうところで終わる。これに感動した。ステレオタイプな家族像を否定する訳でもやむ得ず従う訳でもなく、シビアな対話を通じて和解点を導く物語となっているのだ。今や社会が分断され、弱肉強食な世界、議論なき世界となっているが、ここまで議論にこだわり、親密さを語っていく作品は最近あっただろうか?議論しているようで、結論ありきだったりパワーで押し切っていないだろうか?そんなことを突きつけられる作品であった。
また火や水といった素材の使い方が素晴らしく、恋占いを成功させるためにウェイドが火を起こす場面で、虫眼鏡のようにエンバーの明かりを使って火を発生させる演出や蒸発して消えてしまったウェイドを救うために泣ける話をいっぱいして天井からウェイドの断片を集めていく展開は素晴らしいと思った。吹き替えで観たので、原語の繊細なやり取りこそ分かりにくい部分もあったが玉森裕太の演技も良く、絶妙なトラブルメーカーっぷりを熱演していて良かった。
※映画.comより引用