【ネタバレ考察】『脳内ニューヨーク』妄想はプライスレス。だが、あなたの魂を奪います。

脳内ニューヨーク(2008)
SYNECDOCHE, NEW YORK

監督:チャーリー・カウフマン
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン、サマンサ・モートン、ミシェル・ウィリアムズ、キャサリン・キーナーetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

中学の時に映画にハマり1万本ぐらい観てきた訳だが、学生時代に観た作品は背伸びをしていたこともありよく分からなかったものも少なくない。哲学やメディア論など映画以外の理論を学び、社会人として7年ぐらい歩んできた今観ると分かる映画があるかもしれない。そう思い、今回はチャーリー・カウフマンの『脳内ニューヨーク』を観た。本作は、いわばリアルマインクラフトみたいな話だ。フィリップ・シーモア・ホフマン演じる莫大な富を得た者が理想のニューヨークを完全再現するといった内容。中学生の時に、この奇抜な内容に惹かれて観たが、思いの外ニューヨークを作るパートは少なく、ずっと会話ばかりしていた印象が強く良く分からなかった。今回、再挑戦してみたのだが、正直ミヒャエル・ハネケ、ラース・フォン・トリアー、ギャスパー・ノエの比じゃないぐらい鬱映画であった。チャーリー・カウフマンはあまり鬱映画の文脈で語られることはないが、よくよく考えてみれば鬱映画ばかり作っている人だということに気付かされた。今回はネタバレありで考察していく。

『脳内ニューヨーク』あらすじ

「マルコヴィッチの穴」「エターナル・サンシャイン」の人気脚本家、チャーリー・カウフマンの初監督作。妻と娘に家を出て行かれ、行き詰っていたニューヨークの劇作家ケイデン・コタードは、自身が思い描くニューヨークを実際のニューヨークの中に作り出すという、壮大な芸術プロジェクトを構想するが……。ケイデン役にフィリップ・シーモア・ホフマン、彼を取り巻く女性たちにミシェル・ウィリアムズ、キャサリン・キーナーら豪華女優陣が集う。

映画.comより引用

妄想はプライスレス。だが、あなたの魂を奪います。

倦怠期に陥っている劇作家ケイデン・コタード(フィリップ・シーモア・ホフマン)。朝食の時、妻に語りかけるも無視されているし、自分の作品についても良いように語ってはくれない。彼の日常は小さなフラストレーションに包まれており、蛇口をひねれば、水がドバッと噴射し、額を傷つけてしまう。病院の診断もパッとしないも、発作が起きたり歯のコンディションが悪くなったりと日に日によくない方向へと転がっていることだけが分かっている。そうなってくると死にたいといった願望が生まれ、飛び降り自殺を図ろうとするのだが、死ねない。そんな彼のもとに手紙が届き、莫大な富を得る。そして廃墟のような空間に完璧なニューヨークを再現するプロジェクトを立ち上げることとなる。

てっきり、再観する前は、コントロールできない社会に対して全てをコントロールできる創作へ打ち込むことで内なる闇を発散させる映画だと思っていた。丁度、自分が陰鬱なニュースで飛び交う社会や混沌とする仕事に対するフラストレーションをずんだもん動画にぶつけ、セリフの一つ一つを自分の思うがままに支配しようとする感情をこの映画でやっているのではと仮説を立てていた。しかし、実情は違った。完璧なニューヨークを作ろうとするケイデン。彼は監督であるにもかかわらず、孤独なのだ。俳優やスタッフはそこにいるし語りかけてくれるのだが、どこか他人事な世界がそこへ広がっている。

ここで原題に目を向ける。”SYNECDOCHE”とは何だろうか。これは大きな領域の言葉で細部を表現する比喩の一種とのこと。例えば、自分が「山形へ行く」と語れば「山形国際ドキュメンタリー映画祭へ行く」ことを示す。この場合、ニューヨークは何を指すのだろうか?邦題『脳内ニューヨーク』に立ち返ってみると、これが答えであることに気付かされる。つまり、本作におけるニューヨークとはケイデンの内なる世界そのものなのだ。我々は過去について思いを巡らせる。それにかかるコストは0$であろう。現実で再現しようものなら莫大な予算がかかるものも、思索の中ではプライスレスなのだ。ケイデンは、心に抱くモヤモヤをニューヨークの再現で外部化しようとする。しかし、それは自分と向き合うことでもあり、より孤独が強化されていくのである。そして老いと共に陰鬱な気持ちがさらなる重圧となって彼に襲い掛かり、結果としてニューヨークは廃墟となってしまう。内なる闇に蝕まれると、内なる世界に響く他者の声は残酷なものとなる。本作の最後で救いのあるようなセリフを語るも、最後の最後で重ねるように”Die”と言葉を重ねる。

あまりに救いようのない話に胸が締め付けられた。こんな強烈な作品を生み出したチャーリー・カウフマンも凄いが、メンタル病んでもおかしくない演技をし続けたフィリップ・シーモア・ホフマンもとんでもないなと思ったのであった。

※映画.comより画像引用

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