『小説家の映画』スランプに陥る者は他者に願望を見出す

小説家の映画(2022)
原題:소설가의 영화
英題:The Novelist’s Film

監督:ホン・サンス
出演:イ・ヘヨン、キム・ミニ、ソ・ヨンファ、パク・ミソetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

半年に一本ペースで作品を作り続け、三大映画祭で大暴れしている韓国の異才ホン・サンス。個人的にはそこまで乗り方が分からず、捉えどころのない監督に見える。今回も一応確認で観たのだが、これが意外なことに自分に刺さる大傑作であった。

『小説家の映画』あらすじ

韓国の名匠ホン・サンスが2人の女性アーティストの友愛と連帯を描き、2022年・第72回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員大賞)を受賞したドラマ。

著名な小説家だがスランプに陥り長らく執筆から遠ざかっているジュニは、音信不通になっていた後輩を訪ねるため、ソウルから離れた閑静な町・河南市へやってくる。そこで偶然知りあった元人気女優ギルスに興味を抱いたジュニは、彼女を主演に短編映画を制作したいと提案。かつて成功を収めながらも人知れず葛藤を抱えてきた2人は、思いがけないコラボレーションをすることになる。

ホン監督の公私にわたるパートナーであるキム・ミニが女優ギルス、「あなたの顔の前に」のイ・ヘヨンが小説家ジュニを演じ、共演にもソ・ヨンファ、クォン・ヘヒョ、チョ・ユニ、キ・ジュボンらホン監督作の常連俳優が顔をそろえた。

映画.comより引用

スランプに陥る者は他者に願望を見出す

ジャック・ロンドン「マーティンイーデン」を読んだ時、小説家が他の物書きにいちゃもんをつけ始めたら、それはスランプであるといった理論に触れた。これは自分の中では大事にしていることであり、もちろん批評は必要ではあるが、同業者に当たるようになったらそれは自分の劣化であることを言い聞かせながら、文句を言う前に創作に向かうよう自分を鼓舞させている。こうしたクリエイター精神というのは、映画として表現しづらいと思っていたのだが、ホン・サンスはあっさりとやってのけた。主人公の女ジェニ(イ・ヘヨン)はスランプに陥った小説家。彼女は音信不通になった後輩を訪ねに郊外へとやっていく。後輩はソウルの人間関係になんとなく嫌気が刺した。要は人間関係をリセットしているにもかかわらず、自分の本当の状況を語らず、相手が後ろめたいと思っていることを引き出そうとする。

そんな彼女は公園で元人気俳優のギルス(キム・ミニ)と会う。そこに監督がやってきて執拗に「もったいない」と語り、ジェニはブチギレる。小説家にしろ俳優にしろ、スランプのクリエイターにとって前へ進めない理由を聞くのは土足で間合いに入り込むのと同じだからだ。しかしながら、この監督の行為はジェニ自身もやっていることである。自己を正当化し、スランプに陥っている自分の願望をノーリスクで押し付ける存在へとギルスは仕立て上げられていき、観ている方はハラハラさせられるのだが、これが鮮やかに伏線回収として形勢逆転する場面がある。ひたすら歩いては雑談をしてを繰り返しているアンニュイな作品に思えて、突然鋭利なナイフがブーメランのように返ってきてダークな笑みが溢れるのだ。

クリエイターのスランプものは数多くあれども、自分を押し付ける対象に突如背後を取られていく。それもホラーでもなんでもない何気ない会話の中で発生させていくホン・サンスの業に興奮したのであった。

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※映画.comより画像引用

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