『アシスタント』ハラスメントは夢を人質にする

アシスタント(2019)
The Assistant

監督:キティ・グリーン
出演:ジュリア・ガーナー、マシュー・マクファディン、マケンジー・リー、クリスティン・フロセス、ジョニー・オルシーニ、ノア・ロビンズetc

評価:90点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

6/16(金)より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて『アシスタント』という映画が公開される。

本作はNetflixドキュメンタリー『ジョンベネ殺害事件の謎』を撮ったキティ・グリーン監督による初の劇映画である。2017年に巻き起こったMeToo運動に触発され、映画やテレビ業界で働く女性に取材。あらゆる業界で蔓延する性加害やハラスメントを映画に落とし込んだ。ハラスメントを題材にした作品といえば、最近『TAR/ター』が公開された。本作は様々な議論を巻き起こし、良い意味でハラスメントと向き合うきっかけを与えてくれた。この作品は2時間半近くある一方で、『アシスタント』は87分とコンパクトにまとまっている。そして、これが非常に鋭い傑作だった。今回、サンリスフィルムさんのご厚意で一足早く鑑賞したので感想を書いていく。

『アシスタント』あらすじ

2017年にハリウッドを発端に巻き起こった「#MeToo運動」を題材に、憧れの映画業界が抱える闇に気づいた新人アシスタントの姿を通し、多くの職場が抱える問題をあぶり出した社会派ドラマ。

「ジョンベネ殺害事件の謎」などのドキュメンタリー作家キティ・グリーンが初めて長編劇映画のメガホンをとり、数百件のリサーチとインタビューで得た膨大な量の実話をもとにフィクションとして完成させた。名門大学を卒業したジェーンは、映画プロデューサーを目指して有名エンタテインメント企業に就職する。業界の大物である会長のもとでジュニア・アシスタントとして働き始めたものの、職場ではハラスメントが常態化していた。チャンスを掴むためには会社にしがみついてキャリアを積むしかないと耐え続けるジェーンだったが、会長の許されない行為を知り、ついに立ちあがることを決意する。

主演はNetflixドラマ「オザークへようこそ」のジュリア・ガーナー。

映画.comより引用

ハラスメントは夢を人質にする

大手エンタメ会社に入社したジェーン(ジュリア・ガーナー)。彼女は映画プロデューサーを夢見て、大学時代から勉学に励んでようやくスタートラインに立った。下積みは大変だ。誰よりも早く出社し、ゴミ捨て、おつかい、電話対応に書類作成とタスクをこなす。そして「帰っていいよ」と言われるまで、つまり夜遅くまで働かされている。全ては夢を実現するため。そんな想いで働き続けること数ヶ月たった「とある1日」を映画は捉える。

ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』のようにどこか重く違和感が漂う空間をカメラは追っていく。不満気な顔を浮かべる彼女は淡々とタスクを処理していく。そんな彼女の横を他の従業員の立ち話や作業音が流れる。会社組織のメイン活動から外れてしまったかのような孤独が空間を通じて熟成されていく。実際に彼女の暗い顔の先には、先輩の男性従業員がリラックスしたように作業、時として業務中にふざけるような姿がある。

そして彼女がトラブルと顔を近づけ指図してくる。アドバイスとも取れる一方で、彼女の心理的負担を汲み取ることなく、彼女をロボットのように指示したことだけをやる存在に押し込めようとしている。この間合いが、オフィスに沈殿する重い空気感を生成する要因に繋がっているのだ。

そんなジェーンの前に新人アシスタントが入ってくる。彼女との対話の中で、どうやら性的搾取が社内で行われていることに気づく。

もし、あなたが同じ立場だったらどうしますか?

この映画が漂う異様な空気感はやがて、個人だけではなく機能不全に陥ってしまった組織の問題を捉えていく。

J.S.ミル『自由論』によると、かつて支配者と人民とは対立関係であった。しかし、権力の代理人として支配者を立て市民が監視し、必要に応じて交代させる方が都合が良く、今の国家と市民の関係に繋がっているみたいなことが書かれていた。これは民主主義社会の基本だろう。船頭多くして船山に登る。権力の代理人を立てることで物事が円滑に行き、市民はその代理人を監視することによってパワーバランスを保つ。選挙はその重要な役割と言える。

なぜ、突然こんな話を始めたのかというと、会社組織においてこのような関係性が成立しない場合が多いのではと思ったからだ。家族経営の会社や熾烈な競争が強いられる組織、トップが絶対的な権力を握っている時、支配の力が強くなる。そして、ハラスメントが行われたとしても人生や夢を人質にすることによって叫ぶことすらできないような状況に追い込まれていく。本作では、非常に狡猾なハラスメントシーンがある。『TAR/ター』以上にグレーゾーンな言葉選びでジェーンを追い詰めていく場面があるのだ。当事者の経験を反映した非常に生々しいこの場面。私自身も経験があるため辛くなった。

しかし、映像メディアだからこそ完璧に再現できる陰惨さは、機能不全になり結果としてハラスメントを発生させ隠蔽していく組織像を暴き、社会を健全な方向へ導くと感じる。『アシスタント』は2023年最重要な作品の一本といえよう。

6/16(金)より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開。

※映画.comより画像引用