【JAIHO】『野蛮人として歴史に名を残しても構わない』自己と対立するよりも、世界全体と対立する方がましである。

野蛮人として歴史に名を残しても構わない(2018)
原題:Îmi este indiferent daca în istorie vom intra ca barbari
英題:I Do Not Care If We Go Down in History as Barbarians

監督:ラドゥ・ジューデ
出演:イオアナ・ヤコブ、ボグダン・アレクサンドル、アレクサンドル・ダビバ、Ion Rizea、クラウディア・イェレミアetc

評価:80点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

JAIHOでラドゥ・ジューデ監督の『野蛮人として歴史に名を残しても構わない』が配信された。本作は東欧最大の祭典カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭で最高賞を獲った作品である。『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』を踏まえて観ると、興味深い作品に仕上がっていた。

『野蛮人として歴史に名を残しても構わない』あらすじ

第二次世界大戦中の1941年、当時ルーマニア軍の最高指導者だったイオン・アントネスクは「野蛮人として歴史に名を残しても構わない」と宣言し、その直後にオデッサでルーマニア軍によるユダヤ人大虐殺、“オデッサの虐殺”が発生した。1人の野心的な女性演出家がその負の歴史を再現し、ナチスの次に多くのユダヤ人を殺害したルーマニア人の意識と責任を再検証する大規模なショーを企画し、準備が始まる。様々な反対意見やトラブルが重なる中、大勢の出演者たちを揃えてのリハーサルが続く。果たしてショーは実現できるのか…?

JAIHOより引用

自己と対立するよりも、世界全体と対立する方がましである。

ルーマニア軍によるユダヤ人大虐殺「オデッサの虐殺」を再現したショーを企画する女性演出家マリアナ(イオアナ・イアコブ)は、素人のエキストラを集めて指示を出すが、なかなか意思疎通ができないでいる。『野蛮人として歴史に名を残しても構わない』は、そんなルーマニア史の恥部を再現するプロジェクトを通じて「自己と対立するよりも、世界全体と対立する方がましである。」と問題を直視しない姿勢を炙り出した作品である。

役人であるモヴィラ(アレクサンドル・ダビバ)は、上層部から受けたパフォーマンスに対する苦言をマリアナに語る。彼はパフォーマンス自体を潰すのではなく、別の形で実現しようと中間管理職のような政治的立ち回りをする。一般市民は、本番のパフォーマンスに対し、無邪気に写真を撮ったり安易に拍手し受け入れる一方で、モヴィラは知識人としてアイデアを出す。しかし、そのどれもがルーマニアという国が持つ恥部から目を逸そうとするものばかりである。別の歴史的事象に変えてみてはとアドバイスをしたり、ナチスが行った凄惨な行為を引き合いに出したり、『シンドラーのリスト』のような巨大な悪に取り込まれることなく良き行いをしようとした英雄譚に変更するアイデアを提示する。「自己と対立するよりも、世界全体と対立する方がましである。」という理論を地で行くのだ。ルーマニアの恥を公でさらさない点を死守するため、歴史の事象を繋ぎ合わせてマリアナを説得しようとするのである。

では、マリアナは凡庸な悪の存在を知り、そこから人々を解放しようとする英雄なのだろうか?ラドゥ・ジューデ監督は単純な善悪の対立に持ち込むことはしない。彼女は、演出の素材を集めるために、衣装を選んだり、無造作に展示されている歴史的資料を見て回ったりする。無実の者が死んだ軍用車が無造作に展示されており、それが観光として安易に消費されていたりする中で彼女も飲み込まれていくのだ。自分自身もスクーターに乗りながら展示を観ていたり、ふざけながら展示室を回っていたりする形で。それが、パフォーマンスにより傷つくエキストラを生み出す結果となってしまっている。結局、声高らかにルーマニアの歴史問題について叫んでいても自分を省みることはない。批判的にみているようで、自己の深部の恥部には辿り着けてないのだ。


『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』では、マスクという仮面を被り自分の立場から一方的に発言し成り立たない議論像を風刺していた。ラドゥ・ジューデ監督は一貫して人間がその時の立ち位置によって付け替える仮面像を描いている。長編デビュー作の『The Happiest Girl in the World』では、CM撮影の時に幸せそうな顔をしないといけない少女が、現実の凄惨さに精神が溶解していく様子を辛辣に描いていた。『アーフェリム!』では、差別的振る舞いをしてきた法執行官が、自分よりもさらに上な暴言を吐き散らす司祭に対してドン引きするも自分の行為が同等であることに気づかない様を描いた。作品を経るごとに、舞台とドキュメンタリーとの境目を曖昧にしていく。かつて、人間の仮面の役割は舞台の上で垣間見える存在であったが、SNSの発達で市民も仮面を被り自分の本性を隠しながら、意見する機会が増えてきた。自分がしたくないこと、直視したくない事象を隠蔽するため無知を装う、または理論で他者をねじ伏せようとする。『野蛮人として歴史に名を残しても構わない』は、その無意識な悪を辛辣に描いた力作であった。

JAIHOで2022年6月14日(火)まで配信。

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※IMDbより画像引用