【ネタバレ考察】『ウェディング・ハイ』バカリズムが継承する三谷幸喜イズム

ウェディング・ハイ(2022)

監督:大九明子
出演:篠原涼子、中村倫也(中村友也)、関水渚、岩田剛典、中尾明慶、浅利陽介、前野朋哉、泉澤祐希、佐藤晴美、宮尾俊太郎、六角精児、尾美としのり、池田鉄洋(池田テツヒロ)、臼田あさ、美片桐はいり、皆川猿時、向井理、高橋克実、鈴木もぐら、水川かたまり、岡野陽一、ヒコロヒー、河⾢ミクetc

評価:80点



おはようございます、チェ・ブンブンです。

シネコンで流れる、大味大衆映画の予告編は観ていて恥ずかしさを覚えるものです。確かに、『ウェディング・ハイ』からもその気配を感じたが、監督:大九明子、脚本:バカリズムと聞けば話は変わってくる。『勝手にふるえてろ』の軽妙なストーリーテリングが記憶に新しい大九明子。そしてIPPONグランプリで多角的かつ鋭い社会への眼差しを向けるバカリズムが三谷幸喜っぽい映画を撮る。これは面白くなりそうな予感がした。実際に映画館で観賞すると、今や内向きで下品なコメディ作家と成り果てた三谷幸喜のかつてを彷彿させる素晴らしいエンターテイメント作品に仕上がっていた。また、今回初めてバカリズム脚本作を観たのだが、他のお笑い芸人と比べ3歩先行くストーリーテリングに感動を覚えた。今回はネタバレありで語る。

『ウェディング・ハイ』あらすじ

「地獄の花園」「殺意の道程」などで脚本家としても才能を発揮するお笑い芸人バカリズムのオリジナル脚本による、結婚式を舞台に描いた群像コメディ。お茶目だけど根は真面目な石川彰人と天真爛漫な新田遥のカップルは、敏腕ウェディングプランナーの中越真帆に支えられながら結婚式の準備を進め、ようやく式当日を迎える。新郎新婦の紹介VTRや主賓挨拶、乾杯の発声といった定番の演目に並々ならぬ情熱を注ぐ参列者たちだったが、熱すぎる思いが暴走し、式は思わぬ方向へと展開。新郎新婦からのSOSを受けた中越は、知恵と工夫で数々の難題に立ち向かうが、さらに遥の元恋人・裕也や謎の男・澤田も現れて……。篠原涼子がウェディングプランナーの中越役で主演を務め、新郎・彰人を中村倫也、新婦・遥を関水渚、遥の元恋人・裕也を岩田剛典(EXILE/三代目 J SOUL BROTHERS)が演じる。監督は「勝手にふるえてろ」「私をくいとめて」の大九明子。

映画.comより引用

バカリズムが継承する三谷幸喜イズム

結婚、それはカップルが対峙する最初の大きな困難である。7割近いカップルが結婚式の準備で喧嘩をするらしい。資金はどうするか、誰を披露宴に招くのか?衣装は?出し物は?次々と課題が押し寄せてくる。面倒くさい一方で、やらなかったら後の結婚生活に支障をきたす。結婚式にキュンキュンする新田遥(関水渚)と結婚式の準備を面倒だと思っている石川彰人(中村倫也)の心理を生々しく描写していく。いきなり不穏な入りから始まる。そして、結婚式を粉砕しようとする第三勢力の存在を匂わせ駆け足で結婚式当日を迎える。

お笑い芸人であるバカリズムが脚本を手掛けているものの、余計な小ボケを挟むことなく軽妙に4幕構成を駆け抜ける。この時点で彼が相当脚本を勉強し、コントと映画の差を理解していることが窺える。コントは社会の不条理を誇張し笑いを取るものであるが、映画のようなコントよりも現実に近い場所で同様のことをすると違和感が強くなりすぎてドン引きしてしまう。また、笑いの瞬発力に頼ることができるコントに対して、映画は線として笑いを持続させる必要がある。竜頭蛇尾にならないためにはどうすれば良いか?それは4幕構成にし、それぞれ異なるアプローチで作劇することだとバカリズムは結論づけた。

第一部では、結婚式という儀式の解像度を上げることに集中している。男女の心理差や結婚式によって人生の棚卸しをする生々しさを描く。これにより、多くの人物の心を動かす存在としての結婚式像を表現する。

第二部では、披露宴でのスピーチや出し物を通じて、関係者の過去を紐解く。群像劇として第一部からエッセンスを引き継ぐ。回想を執拗に串団子状にしていくため、くどさを感じるかもしれないが、それは第三部での押しに押した披露宴を時間内に完了させる修羅場を盛り上げる演出に組み込んでいく。ダンサーや和太鼓ヤンキーが回想しようとするのをウェディングプランナーの中越(篠原涼子)がせき止め、強引にパフォーマンスを融合させようとする演出につなげていくのだ。

この第二部では、バカリズムの鋭い脚本に痺れた。高橋克実演じる財津は不倫がきっかけで家にも会社にも居場所がなかった。そんな彼は石川からスピーチを依頼される。これは千載一遇のチャンスと考えた彼は落語や漫才の勉強をして最強の笑いを仕込んでステージに立つのだ。しかし、映画では肝心な彼のギャグは映さない。会場の笑い声だけで、彼のギャグが成功したことを知らせるのだ。これには2つの役割がある。まず、笑いの感性は人それぞれ違う。既に、彼のギャグは努力によって生み出されたことが説明されているので、映画を観る者のハードルを上げてしまっている。ここでギャグをみせてしまうと、スベるリスクが出てしまう。ここは観客の想像力に委ねることで、彼の成功を強調させている。また、この場面は財津のギャグが重要なわけではない。部下の結婚式を通じて財津が成長しようとするドラマが重要なのだ。ギャグを入れてしまうことで、観客の視点がギャグに向いてしまい、ドラマ性が薄まってしまう。これを回避しているのだ。うっかり描きすぎてしまうであろうところを適切に省略していくバカリズムの手腕。これだけで本年度アカデミー賞脚本賞最有力であろう。

本作は結婚式が無事に終わったかと魅せかけて、ボーナスの裏サスペンスが展開される。ここは映画監督・大九明子の手腕がキラリと光る。結婚式場に突如現れた御祝儀泥棒とゲリラゲリに見舞われる花嫁泥棒の追いかけっこが始まる。膨大な御祝儀を胸ポケットにパンパンにしまい、会場から脱出しようとするも、不気味な挙動をする花嫁泥棒により進路を妨害される。明らかな悪人であるにもかかわらず、思わず御祝儀泥棒を応援したくなるほどの修羅場っぷりは『見知らぬ乗客』の気持ち悪い謎の男が排水口に落ちてしまったものを回収しようとする際のもどかしさに近いものを感じる。

確かに、全伏線を回収しようとする力業感はあれども、荒唐無稽であらゆるアイテム、要素を使って結婚式で巻き起こる修羅場を処理していこうとする熱気は称賛すべきだし、これは『ラヂオの時間』の頃のとことん観客を楽しませようとする三谷幸喜映画を彷彿とする傑作だったと思う。

P.S.結婚式をテーマにしたエンタメが多いイメージがあるナイジェリアで『ウェディング・ハイ』はヒットしそうだし、グローカルリメイクできるのではと思いました。

※映画.comより画像引用