『クライ・マッチョ』泣きたいマッチョは猫かぶる

クライ・マッチョ(2021)
CRY MACHO

監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、エドゥアルド・ミネット、ドワイト・ヨーカム、フェルナンダ・ウレホラ、オラシオ・ガルシア・ロハス、Ana Rey etc

評価:60点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

早撮りの巨匠で、キネマ旬報が大好きな監督クリント・イーストウッドももう90歳の大台に乗りました。最近は『15時17分、パリ行き』、『運び屋』と人生の集大成のような映画を作っている彼ですが、遂に遺作にする気満々な作品を発表しました。その名も『クライ・マッチョ』。フィル・フィースがMr.オリンピア7連覇し栄光を掴んだ軌跡を追うスポ根もの…ではなく、本作はかつてマッチョだったクリント・イーストウッドがメキシコにいるマッチョに憧れる少年と旅をするロードムービーとなっている。これが、大問題作でありました。

『クライ・マッチョ』あらすじ

「許されざる者」「ミスティック・リバー」「アメリカン・スナイパー」など数々の名作を生み出してきたクリント・イーストウッドが監督・製作・主演を務め、落ちぶれた元ロデオスターの男が、親の愛を知らない少年とともにメキシコを旅する中で「本当の強さ」の新たな価値観に目覚めていく姿を描いたヒューマンドラマ。1975年に発刊されたN・リチャード・ナッシュによる小説を映画化した。かつて数々の賞を獲得し、ロデオ界のスターとして一世を風靡したマイク・ミロだったが、落馬事故をきっかけに落ちぶれていき、家族も離散。いまは競走馬の種付けで細々とひとり、暮らしていた。そんなある日、マイクは元の雇い主からメキシコにいる彼の息子ラフォを誘拐して連れてくるよう依頼される。親の愛を知らない生意気な不良少年のラフォを連れてメキシコからアメリカ国境を目指すことになったマイクだったが、その旅路には予想外の困難や出会いが待ち受けていた。

※映画.comより引用

泣きたいマッチョは猫かぶる

かつて『荒野のストレンジャー』で、一人村に現れ、四面楚歌となるが、敵は容赦無く射殺し、女性をレイプし、「俺のものは俺のもの、お前の物も俺のもの」とジャイアニズムで村を支配したマッチョ俳優クリント・イーストウッド。彼は老衰に老衰を重ねていた。そんな彼が、メキシコにいる少年を連れ戻すミッションを与えられる。少年は簡単に見つかるが、帰りの道中で次から次へと刺客に狙われる。

本作は、明らかに西部劇の文法で作られている。しかし、西部劇の文法、特にマカロニウエスタン的容赦無く敵を射殺していく文法を封印したことにより、全く盛り上がりがない作品となっている。イーストウッドのことを知らない人が観たらあまりの難解さに発狂するだろう。そしてイーストウッドファンでも賛否は分かれるであろう。そしてキネマ旬報界隈の人は泣いてこの映画を評価するであろう。

本作が面白いのは、悪党に襲われても、『運び屋』におけるガレージでの闇取引シーンのようにイーストウッドは棒立ちしているところにある。マッチョに憧れる少年はイキりながらテンパりながらてんてこ舞いになっている横で、イーストウッドはまるで他人事のように悪党を見つめる。そして何故か、一切手を出すことなく悪党が自滅していくのです。

車を取られようにも、「困ったな、警察は呼べねぇな」と徒歩で旅を続け、何事もなかったかのように次の町で物資調達する。修羅場を全て無に返すのだ。生きる伝説がもたらす、幸運による勝利の連続を楽しめるかどうかがこの映画の肝となっていると言える。

そして、恐らくイーストウッド映画ファンはあることに気づくはず。それは、温かい食事シーンがあるのだ。イーストウッド映画は大抵孤独や修羅場の映画が多いため、食事シーンは簡素である。あまり食事には興味ないのかなと思っていた。しかし、本作では他人の家族のパーティを一緒に楽しむイーストウッドの姿が観られる。しかも、彼が率先して料理までするのです。『運び屋』では趣味に没頭しすぎて家族に見捨てられたイーストウッドが描かれていた。しかし、そんな彼も家族団欒の場を求めていたのかと思うと少し涙がこぼれました。

あとは公開後に、TwitterやFilmarksでの感想が盛り上がることを楽しみにするとしよう。

※映画.comより画像引用