100日間生きたワニ(2021)
監督:上田慎一郎、ふくだみゆき
出演:神木隆之介、中村倫也(中村友也)、木村昴、新木優子、池谷のぶえ、杉田智和、ファーストサマーウイカ、清水くるみ、山田裕貴etc
評価:40点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
2021年下半期は動物映画が大渋滞を起こしている。『ライトハウス』に始まり、『ジャッリカットゥ 牛の怒り』、コンマビジョンプレゼンツ低予算映画『セミマゲドン』に『エイリアンVSジョーズ』、アンドレア・アーノルドの牛ドキュメンタリー『COW』、カンタン・デュピューの巨大蝿コメディ『Mandibules』と個性的な動物映画が次々とお披露目となります。そんな下半期を飾る一本『100日間生きたワニ』を観ました。本作は2020年上半期騒がせたtwitter漫画「100日後に死ぬワニ」のアニメ映画化である。原作のtwitter漫画では主人公のワニの寿命が毎日カウントダウンされていく。それとは裏腹に漫画は他愛もない日常が綴られており、読者はこの何気無い日常がどのように終わるのかという好奇心で毎日の投稿を楽しんでいた。しかし、最終回でワニが死ぬと、途端にコラボカフェなどの宣伝が始まり、架空の存在とは言え、ワニの追悼の真横で金の匂いをチラつかせたのが大衆の逆鱗に触れ炎上した。そして不運にも新型コロナウイルスによる影響もありコラボカフェはバイブスを十分にあげることができず、ワニはあっという間に消費され、肉体の死から人々から忘れ去られる「存在の死」を迎えることとなった。
それから1年と少し経ち、何故か映画が公開されることとなった。白羽の矢が立ったのか監督は『カメラを止めるな!』の上田慎一郎×ふくだみゆきである。そのことを知った時、私は一抹の不安を抱いた。でもあの二人なら面白いことしてくれそうだと期待もした。そんな最中、映画レビューアプリFilmarksに異変が起きた。本作のレビューが、本作と関係ない妄想映画のあらすじや、野次罵声で荒れ狂っていたのだ。通常この頃は、インフルエンサーのふわっとした感想がtwitterを流れるし、試写会で観た人は善意であまり悪くは評価しない。特にFilmarksは他のレビューサイトと比べて高評価する傾向があり、これは異常事態だった。さらに、映画館では、座席予約キャンセルできる機能を悪用して、観賞しないのに座席を選択して文字を書くといった悪質なものもあった。私はドン引きした。そして怒った。特にKINEZOの当日になっても座席をキャンセルできるシステムは観客との信頼関係の上で成り立っているサービスだし、私も気に入っていた。映画館と観客との信頼関係が瓦解し、こういったサービスがなくなる可能性があると思うとこのイタズラは看過できないのである。
さて、映画ブロガーとしてできることは一つだ。映画館で『100日間生きたワニ』を観て、重厚な感想、考察を書くことだ。という訳で、本作を自分なりに深読みしてみました。後半の展開等含めて書くのでネタバレ記事とさせていただきます。
『100日間生きたワニ』あらすじ
ツイッターに100日にわたり投稿され大きな話題を集めた、きくちゆうきの4コマ漫画「100日後に死ぬワニ」を「カメラを止めるな!」の上田慎一郎と、アニメーション監督としても活躍するふくだみゆき夫妻の監督・脚本でアニメ映画化。桜が満開に咲き誇る3月、約束したお花見の場にワニの姿はなかった。心配した親友のネズミが桜を撮影した写真を仲間たちに送るが、 それを受け取ったワニのスマホは画面が割れた状態で道に転がっていた。花見までの100日間、ワニの日常は平凡でありふれたものだった。花見から100日後、桜の木には緑が生い茂り、ワニの仲間たちはワニとの思い出と向き合えず、互いに連絡を取ることも減っていたが……。ワニ役の神木隆之介のほか、中村倫也、木村昴、新木優子が声優出演。
名もなきワニ、二度死ぬ
前評判の通り奇妙な映画であった。本作はそもそも映画なのに63分と短い。確かに子ども向け映画とかフィルムノワールとか実験映画で60分台の映画はあるけれども東宝が関わっていて、キャストも豪華な映画なのにこれは短い。そしてその短さに反して、間が妙に長いのだ。風景を横移動で映したり、登場人物の会話もワンテンポ遅いのだ。よくよく風景に映る群衆を観ていると動いている群は1組あるかないかで、静止していることが多い。60分になるように引き延ばしているように思える。一方で前半30分で「100日後に死ぬワニ」のダイジェストが超高速で展開される。原作通り、直接言及することなくワニの死を匂わせる。そしてそのXデーに向かって日常が切り貼りされていく。大衆映画にありがちなテロップで時系列を説明することなく、ただクリスマス、元旦、友人たちのデート映し出される。彼らの語彙は極端に少ない。すげー、めっちゃといったフワフワした言葉を多用する。そして一応趣味はあるが、ライトであり暇を潰す存在として描かれる。将来の夢も漠然としており、ワニはゲーマーになると夢を抱いてもただ家でネズミと遊ぶだけであり、実際にゲーム大会ではあっさりと敗北してしまう。モグラは、やりたいことがなく、なんとなく社会人になる。未来が見えない若者のモラトリアムな日常が小っ恥ずかしくなる程に眼前に並べられる。そうです、本作は名もなき者たちの肖像画なのである。
映画はどうしても特別な、選ばれたものを画面に投影しがちだ。しかしながら、我々の人生の多くは映画にもならない何気無い一コマの連続体である。アルベルト・セラ監督が『騎士の名誉』でドン・キホーテの名場面ではないところだけを繋いで現実的な世界を生みだした。それと同様に、本作の前半は何気無い日々をドライに繋いでいくことでリアリズムを醸造している。ただ、これだけなら我々が昨年100日間かけてワニたちと過ごしたあの時間の風情を30分に圧縮したファスト映画である。
この映画に足りないのは、圧倒的に間であり、映画にならない平凡な日常を強調するなら、『ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン』のようにじっくり画を観客に魅せる必要があった。ロイ・アンダーソン映画のようにワンシーンワンショットで繋いだり、ホン・サンス映画のように、溜めのある間から急速に登場人物の顔へ寄ったりする演出が必要だったと思う。時間の関係か、妙に間延びしている癖に駆け足なのが勿体無い。
だが、上田×ふくだコンビは苦しい局面ながらも面白いギミックを魅せてくれました。後半に登場する新キャラクターのカエルである。ワニの死により四散バラバラとなってしまった友人たちの前に現れたカエルは、深田晃司映画や家侵入ものに出てくる気持ち悪い訪問者のように間合いの詰め方がおかしい。タメ口で話してきて、まだ友達として認めてもないのに食事や家に乗り込もうとする。そして常時ポジティブシンキングで、彼と一緒にならないように「予定があるの」と言っても「じゃあいつなら空いているんだ」と無理矢理時間を作ろうとする強引さを兼ね揃えている。そんな彼が重力となり、ワニの友人たちが一箇所に収斂していくのである。明らかにビアトリクス・ポター「のねずみチュウチュウおくさんのおはなし」を意識していることでしょう。ずぶ濡れになったカエルがネズミの懐に入る展開は全く同じである。だがより強力なのは、このカエル、突然泣き出して同情を誘うのである。理由は分からないが「ありがとう」と言いながら泣き始めるのです。表情を見せずに背中で泣いて魅せることで増す禍々しさ。ここは非常に面白かった。
そして多くの方が「タイトル変わったらしいけれど、これだと生後3ヶ月のワニの話になっちゃうぞ」と指摘されてますが、このタイトルは恐らく当たっています。このカエルが無理矢理、ネズミの優しさに漬け込んで友人の仲間入りを果たし映画は終わるのですが、この瞬間ワニは「存在の死」を迎えたのだ。時期的に梅雨である。ワニが死んだのは2020年3月20日。そこから100日後は2020年6月28日である。時期的にも合っています。そうです、これはワニが交通事故で亡くなり、周囲の人から痛みがなくなるまでの話であり、カエルがワニのポジションを乗っ取ったことでスッと友人たちの脳内からワニが消えた瞬間を捉えられているのだ。そう考えるととても怖い。凄い脚本だなと思う一方で、人物の描きこみ、特にカエルの描きこみが足りないので惜しいなと感じました。
この感覚は、『劇場版3D あたしンち 情熱のちょ〜超能力♪ 母大暴走!』に近い。ノリで3D映画として製作してしまった結果、尺が43分しかなく、折角、力を持った者が承認欲求で暴走するまでの過程を描いているのに、その人物描写の深掘りができなかった作品である。この作品を手がけた、髙橋渉監督は後に大傑作『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』を製作して報われた。同様に、上田&ふくだ監督も良い条件で映画を作るチャンスに恵まれることを祈ります。Netlixや海外の映画会社にヘッドハンティングされてほしいと願うばかりです。
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※映画.comより画像引用