【OAFF2021】『ナディア、バタフライ』身体の一部が喪失する倦怠感

ナディア、バタフライ(2020)
Nadia, Butterfly

監督:パスカル・プラント
出演:カトリーヌ・サバール、Ariane Mainville、ピエール=イヴ・カルディナル、ヒラリー・コールドウェル、Cailin McMurray etc

評価:90

おはようございます、チェ・ブンブンです。

16回大阪アジアン映画祭一番の注目作『ナディア、バタフライ』を観てきました。本作はカンヌ・レーベル2020に選出された作品にしてなんと、いまはなき東京五輪2020を舞台にした水泳映画なのだ。既に観賞した友人によれば、権利の関係で東京五輪2020オリジナルキャラクターのミライトワとソメイティが使えず、ぬいぐるみや着ぐるみを自前で用意しているのだが、それが不気味なんだとか。というわけで観てきました。

『ナディア、バタフライ』あらすじ

選手人生のピークに引退を決め、最後の大会となる東京オリンピック2020に挑む、カナダ代表の競泳選手ナディア。プールの中の世界しか知らない彼女は、引退後の医学部進学に不安を抱きながらも、東京での数日間を通して未来への一歩を踏み出していく。

本作は19歳まで競泳選手だったパスカル・プラント監督自身の経験が基になっている。ナディア役のカトリーヌ・サヴァールは現役の競泳選手であり、リオデジャネイロ・オリンピック2016女子4×200メートルリレーの銅メダリスト。ナディアのチームメイトの3人も同じく競泳選手が演じている。モントリオールのオリンピックプールで撮影された試合シーンは実際の試合さながらの迫力があり、彼女たちのダイナミックな泳ぎに圧倒される。

しかし、本作の見どころは、むしろ試合が終わってからだ。緊張とプレッシャーから解放されたナディアは、帰国までの日々をどう過ごすのか。パーティーでの刹那の快楽、やがて押し寄せる孤独感、新たな人生への恐怖一人の女性としての彼女の葛藤を描くことで、単なるスポーツ映画にはとどまらない、奥行きのある人間ドラマに仕上がっている。

16回大阪アジアン映画祭より引用

身体の一部が喪失する倦怠感

何十年も、一つのことに没頭してきた者がそれを失う時、そこには大きな喪失感が生じる。本作は東京五輪をテーマにしたスポーツ映画でありながら、試合のシーンを横に置くユニークな演出が特徴的な作品だ。通常の映画であれば、引退する水泳選手の物語を描くのであれば、最後に有終の美としての泳ぎを魅せる。しかしながら、『ナディア、バタフライ』は冒頭20分で練習の場面と最後の試合の場面を完了させてしまうのだ。そして、その場面がとてつもなくスリリングで美しい。

カットを割ることなく、キツいインターバルを捉えていく。透明感ある空間、静寂が包む中で、コーチの怒号が木霊し、女はプールの果てを目指して往復を繰り返す。力強い水しぶき、限界まで追い込んでいるのであろう、動きはプールの端につけどもまだ終わることはない。近くて遠い栄冠を掴むために彼女たちは羽ばたくしかないのだ。

やがて、舞台は東京五輪へと移る。緊張だろうか?体調不良なのだろうか?この試合で引退するナディアの顔は暗い。インタビューで「有終の美を飾る」と語っているが、明らかに何かを抱えている。カットが変わると、次はリレーに向けての準備が進められている。コーチが彼女をなだめているが、ナディアは「どうせ4人の内1人25%の力でしょ」となげやりな言葉を虚空に投げつけている。どうも、個人戦では上手くいかなかったようだ。東京五輪という重圧の中、折れた心。だが、それでも前に進むしかない苦悩が滲む中、いよいよ最後のレースが始まる。これをワンカットで演出する。ひとり、またひとりと端を目指して泳ぐ。たった数分のレースだが、自分の番が回ってくるまで永遠に感じる時が流れる。試合展開は早い、だが時は長い。水泳や陸上をやっていた人なら分かる独特な感覚をカットを割らないことで完全に再現しているのだ。激戦に激戦を重ね、チームは銅メダルを勝ち取った。めでたしめでたし……と通常の映画であればそうなるのだが、『ナディア、バタフライ』はそこからが重要である。

ナディアはチームではカナダ最高成績を挙げたのだが、個人では全く成果を出せていないことを悔やんでいる。これで終わってしまったと考えると、眼前には見えない未来という不安が押し寄せてくる。周りは、また四年後がある。ただ、彼女はただの大学生に戻るのだ。今まで長年「水泳」が人生を支配しており、もはや身体の一部になってしまった「水泳」。それがなくなることで、魂にぽっかりと穴が空いてしまう。そんな苦悩をあたかも知ったかのように声をかけてくるチームメイトやコーチが鬱陶しい。誰かに吐露したいが、誰にも理解されたくない複雑な感情を、不思議の国ニッポンと酒、ドラッグによる浮遊がすくい上げる。パーティーで今まで厳しく制限されてきたものを解放しようと酒を飲みまくり、男といちゃついたり、踊ったりしてもそこには虚無が残る。許可が下りず自前で作ったであろう、地味すぎる東京五輪のシンボルマーク、不気味に映画を彷徨うダフト・パンク似のミライトワとソメイティの着ぐるみが彼女の人生のハリボテを偶然にも引き立てていたりする。

ナディア役を演じたカトリーヌ・サヴァールは実際にバタフライ専門の水泳選手であり、カナダの国内記録をいくつか保持しており、2016年のリオ五輪では4×100メートルリレーで銅メダルを獲っている。本作はリオ五輪に近づけることで、等身大の水泳選手の苦悩を引き出している。



つまり『ナディア、バタフライ』は、『桐島、部活やめるってよ』でも描かれた東京五輪選手というスターであっても、試合でいい成績を収めても、そこにある苦悩をじっくりと見つめた作品なのである。水泳を一旦忘れたくても、無意識に身体はストレッチを始める。フェティッシュなカメラワークが肉体と精神と水泳の強結合を捉え続け、自分のアイデンティティを捨てて未知なる世界へ飛び出ることへの不安に輪郭を与えた大傑作でありました。

ただ、本作は演出面で非常に惜しい部分が存在し、ゆりかもめに乗っている場面で「次の駅は高田馬場、高田馬場です」と間違った情報を連呼していたり、ゲームセンターでラジオ体操の曲が流れたところに、詰めの甘さを感じました。とはいっても、ハリウッドアクション映画のようにカーチェイスで前方は銀座の景色なのに、後方は新宿みたいな演出はなく、ロケーションは現実的だったのはよかったです。

※第16回大阪アジアン映画祭より画像引用