【ネタバレ考察】『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』L’amor che move il sole e l’altre stelle

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||(2020)
Evangelion: 3.0+1.0 Thrice Upon a Time

監督:庵野秀明
出演:緒方恵美、林原めぐみ、宮村優子、坂本真綾、三石琴乃etc

評価:採点不能

おはようございます、チェ・ブンブンです。

日本が誇るサグラダ・ファミリアであり『ツイン・ピークス』こと『エヴァンゲリオン』が遂に終わった。本来であれば2020年、あの訳の分からない混沌宙ぶらりんで終わった『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』から8年の長い歳月をかけて熟成された代物がお披露目となるはずだった。しかしながら、新型コロナウイルスの蔓延でアキレスと亀のように目と鼻の先で延期に延期を重ねた。テレビ版のあれだけ謎に謎を重ねてヤケクソになって突然終わったエンディング、そのアンサーで作られたものの多くの者にトラウマを植えつけた『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』。それから20年以上経ってようやく完結したのだ。『ツイン・ピークス The Return』のようにまたしても煙に巻いて終わるのかと思ったら本当に綺麗に終わった。それには私も驚かされた。というわけで、私もネタバレ考察記事を書きます。

尚、最初に白状しておくと本作はポエム全開です。いや全開にならざる得ません。そしてエヴァンゲリオンはSNSでネタバレ厳戒令が敷かれていますが、実は読んだところで超展開すぎてネタバレに当たらないと思っている。ただ、多くの人がネタバレしないように言葉を選んでいるのはよく分かるし、私も本作は事前情報を入れないで観て欲しいと強く願っている。これは自分と庵野秀明がシンクロして貴方だけのエヴァンゲリオンが生まれることが重要であるからノイズを入れて欲しくないのです。

特に、もし貴方がエヴァンゲリオンを未履修であり本作に興味があるのであれば尚更。「予習なんかするな、今すぐ映画館で『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』を観て欲しい。貴方はラッキーだ。」と私は伝えたい。

かつて高校3年生の時にエヴァンゲリオン未履修で『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』を観て衝撃を受けたあの感覚を味わうチャンスが貴方には残されています。予習復習は何度でもできるが、「未履修で観る」経験は人生一度しか経験できない。どうせ、予習しても一度観ただけでは咀嚼できない作品なのでそれならいきなり地獄の深淵を覗き込む経験をして欲しいのだ。

前置きは長くなりましたが書いていきます。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』概要

庵野秀明監督による大ヒットアニメ「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズの第4部で完結編。1995~96年に放送されて社会現象を巻き起こしたテレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」を再構築し、4部作で新たな物語を描く「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズ。2007年に公開された第1部「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」、09年の第2部「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」、12年の第3部「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」に続く今作で、新たな結末が描かれる。テーマソングは、これまでの新劇場版シリーズも担当した宇多田ヒカル。タイトルロゴには「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の最後に、楽譜で同じところを繰り返す際に使用される反復(リピート)記号が付く。

映画.comより引用

L’amor che move
il sole e l’altre stelle

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』評を書いた時「『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』は「神曲」における「煉獄編」と「天国編」を描き、シンジの悔悟と浄化の物語となるのではないでしょうか?」と予想したが、案の定本作は「煉獄編」と「天国編」であった。

地獄のように周囲の大人から呪いの言葉を投げつけられた碇シンジは、呪詛に麻痺し完全に心を閉ざしてしまった。一度心を閉ざした者は押しても引いても暖簾に腕押し、全く反応がなくなってしまう。その残酷さを思わぬ形で紡いでみせる。従来のエヴァンゲリオンでは描かれなかった、この世界の片隅で生きる市井の人々の逞しい生活、ノスタルジックで恍惚とした希望に彼を放り投げるのだ。

流浪の民となった式波・アスカ・ラングレー、碇シンジ、綾波レイたる別物は第3村に流れ着く。そこでは絶望的世界の中で粛々と旧時代的生き方をする人々がいた。大人になった鈴原トウジや相田ケンスケから歓待を受けるもののシンジは沈黙する。自分がトリガーで世界を破滅に導いた、それも二度も。周囲の者は大人になってしまい社会に適応できないシンジは人間不信に陥り、厚い厚いATフィールドの中で引き篭もっているのだ。そんな彼であっても、皆は優しく声をかける。それが寧ろ彼を苦しめる。全ての言葉が呪詛となってしまうため、声をかければかけるほど彼は苦しくなっていくのだ。その人生の停滞を時間かけて紡いでいく。居心地の悪い時間が延々と流れるのだ。それにより、鬱の深淵に堕ちた者の苦痛を追体験させる。ダンテ「神曲」の「天国編」と同様、様々な界が押し寄せてくる。天国でありながら、その畳み掛ける界の重圧とシンジは対峙しなければならないのだ。

・神への祈りを満たしきれなかった者の魂としてのレイもどき(月天)
・現世的な野心や名声の執着を断ち切れなかった者としてのアスカ(水星天)
・愛と情熱を宿した者としての鈴原トウジ・ヒカリ夫妻(金星天)
・智恵深き魂としての相田ケンスケ(太陽天)

複雑で不条理な世界の中自分なりの哲学を構築し、大人になってしまった者たちが「大人になれ」と呪詛をかけ続け、マイナスベクトルを突き進む碇シンジは遂に負の感情がオーバーフローを起こして、不屈の戦士がいるヴンダー(火星天)のもとへ凱旋し、再び辺獄(リンボ)から天国を目指す。彼が監禁ルームにて戦況を見守る中、アスカとマリが煉獄まで豪速球で、異常な情報量を持つ群れの中を突き進む。そして、ゲンドウの罠によりアスカが第13号機に取り込まれ絶望的な状況になり遂にシンジが主体的にEVAに乗る。ここで多くの魂がシンジに集まる。本作公開前までネタにされていたミサトの呪詛「いきなさい、シンジくん」の伏線が回収される。何故、Qでシンジを突き放したのか?それは「いきなさい、シンジくん」がミサト自身にも呪いをかけており、贖罪の為にシンジをエヴァから遠ざけようとしていたのだ。レイもどきも、アスカもマリも鈴原トウジも相田ケンスケも碇シンジが概念として自分の中にあり、それが彼に継承された。神殺しの力を持ったゲンドウにシンジという神をぶつける展開に発展していく。

こうして、宇宙の方程式の外側にある概念の中でゲンドウとシンジが直接対決することとなる。『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』ではアニメの概念が崩壊し、客席を実写で映すことで観客とエヴァがシンクロしていった。同様に、本作は過去テレビシリーズ、劇場版をフラッシュバックで再現し、壁が崩壊し『田園に死す』のようにセットが剥き出しになり、段々と線描画、CG、縮尺時空がめちゃくちゃになる中で、碇ゲンドウはオイディプス王がごとく自分をメタ認知することで自我が崩壊する。

それだけであればイングマール・ベルイマンの『仮面/ペルソナ』であり、分裂した人格が対話を通じて一つになることでアイデンティティを取り戻す物語に留まるのだが、その先を描いているところに本作が面白さがある。

ゲンドウは自我が崩壊して彼方へと消えていく。それはかつて『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』で自我の崩壊を描いた庵野秀明を象徴している。そしてシンジに世界を書き換えることでハッピーエンドに落とし込むことをもって長年陰鬱な世界に閉じこもっていた内なる庵野秀明を救済した。自らベアトリーチェになることで過去の自分を救ってみせたのだ。

これに私は感動した。スター・ウォーズが新劇場版になって右往左往しているうちに空中分解して宇宙の藻屑となってしまったのに対して、庵野秀明はぶれることなく何十年もかけて自分と向き合って綺麗に呪いとなってしまったエヴァンゲリオンに終止符を打った。タイトルにある:||は音楽記号で、断りなければ1度だけ反復する意味がある。つまり、これで最後ということだ。

その有終の美に苦言を呈することはできない。

庵野秀明にもL’amor che move il sole e l’altre stelle(太陽と他の星を動かす愛)はあったのです。

さようなら、全てのエヴァンゲリオン
ありがとう、庵野秀明とスタッフさん

※映画.comより画像引用

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