【セルゲイ・ロズニツァ特集】『アウステルリッツ』ガイド不在で消費される負の遺産

アウステルリッツ(2016)
Austerlitz

監督:セルゲイ・ロズニツァ

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

皆さんは、セルゲイ・ロズニツァ監督をご存知だろうか?

ベラルーシ生まれウクライナ育ちのこの監督は2010年代以降に製作した長編映画10作品が世界三大映画祭に選出される快挙を成し遂げた監督であり、共謀罪で告発された男の戦争サバイバル映画『In The Fog(2012)』で第65回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を、第71回カンヌ国際映画祭では『Donbass(2018)』が「ある視点部門」最優秀監督賞を受賞している。しかし、日本では全く紹介されておらず、尚且つ観賞難易度が微妙に高いことから幻の監督とされてきた。そんなセルゲイ・ロズニツァの作品3本を、『サファリ』を配給したサニーフィルムが買い付け、無事公開となりました。早速初日に観てきました。

『アウステルリッツ』概要


ウクライナ出身の鬼才セルゲイ・ロズニツァ監督が、ホロコーストの現場となった元強制収容所を観光するダークツーリズムを題材に描いたドキュメンタリー。真夏のベルリン郊外。第2次世界大戦中に多くのユダヤ人が虐殺された元強制収容所の門に、群衆が吸い寄せられていく。辺り構わずスマートフォンで記念撮影をする人々、誰かの消し忘れた携帯からはベートーベンの「運命」の着信音が鳴り響く。戦後75年を経た現在、記憶を社会で共有し未来へつなげる試みはツーリズムと化していた。ドイツ人作家W・G・ゼーバルトの同名小説に着想を得て製作。
映画.comより引用

ガイド不在で消費される負の遺産

ウェールズの建築史家アウステルリッツは、もはや観光や生活の一部となった都市空間、遺跡、廃墟を前に語る。その言葉は一人の歴史家として、風化する歴史を堰き止めているように思える。その場所はかつてユダヤ人から押収したものを集めている場所だったり、拷問が行われていたり、その偉大な建築を創造する為に多くの犠牲をはらんでいたりする。アイデンティティを失い、時の外側から社会を見つめているアウステルリッツはフランス語、チェコ語、ドイツ語といった自分の心身とくっついていない言葉の杖を振り、苦しみの歴史が風の中に消えないようにしていた。そんなW・G・ゼーバルトの記憶と時とアイデンティティを巡る傑作小説から着想を得て製作された本作は、クロード・ランズマンとは全く異なる視点でホロコーストの歴史と今を結びつけている。

「ARBEIT MACHT FREI(働いて自由になれ)」

と刻まれた門にゾロゾロと観光客が集まり、パシャパシャ写真を取る。観光客は楽しそうに、廃墟となった空間を散策する。10分以上、ナレーションがなくある地点からひたすら観光客の動きをフレームに焼き付けていく。そして、長い長い観察が終わると、ようやくガイドの解説が聞こえてくる。ヒトラーを暗殺する為に爆破を企てる手汗にぎる様子が解説されるのだが、その目の前で女性の観光客がペットボトルを頭の上に乗せて遊んでいるではありませんか。そうです。本作では、徹底的にガイドの説明を廃していき、観光客の動きに着目しており、時たまゾンダーコマンドや拷問についてのガイドが入る。その肝心なガイドはなかなか観客の心に浸透していかないように見えるのだ。確かに観光客は真面目であるが、あくまでレジャーの一つとして歴史を消費してしまっている。だから、ガイドが「実際にこのガス室が使われたかは分かりませんが、それは重要ではありません。大事なのはホロコーストで4万人以上の人が殺されたことです。」といっても虚無に木霊しているようにしか見えないのだ。

これは観光が持つ問題点を静かに批判しているといえる。観光客は皆、ガイドよりも目の前の小さなディスプレイにばかり囚われていて、取り敢えず写真に取る。レジャーの要素が強いので、凄惨な歴史という重みを享受するというよりかは楽しむことに力点が置かれてしまっているのだ。だから、ガイドのスピーカーもただ音が鳴っているだけの装置に見える。

この観点を、ガイドの不在を強調することで見つけたセルゲイ・ロズニツァは天才的だと思う。

クロード・ランズマンは、歴史映像よりも語りの強さを信じ、当事者のインタビューだけで観客の脳裏にホロコーストを焼き付ける『SHOAH-ショア-』、『ソビブル、1943年10月14日午後4時』といった傑作を放っていたが、セルゲイ・ロズニツァはその語りを抑制することで新たな問題を浮かび上がらせたのだ。

ただ惜しいところもある。それは折角、W・G・ゼーバルトの小説から着想を得ているのであれば、英語やスペイン語、ドイツ語といった複数の言語を経由して、歴史の地層に観光客が触れるといった場面が欲しかったところ。でも音の映画である本作が映画館で観られたのはとても嬉しかった。サニーフィルムさんには感謝だ。

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※映画.comより画像引用

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