【ネタバレ考察】『とんかつDJアゲ太郎』とんかつもフロアもアゲられる男・二宮健

とんかつDJアゲ太郎(2020)

監督:二宮健
出演:北村匠海、山本舞香、伊藤健太郎(健太郎)、加藤諒、浅香航大、栗原類、前原滉etc

評価:85点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

チワワちゃん』、『疑惑とダンス』で注目されている新鋭・二宮健の新作がイーピャオ、小山ゆうじろうのギャグ漫画『とんかつDJアゲ太郎』だとは誰が予想できただろうか?とんかつとDJを同列に語るこの茶番、誰しもがまた「福田雄一や英勉だろう」と思う実写化をあの二宮健が手がけているというのだ。確かに『チワワちゃん』でのクラブシーンは素晴らしかったが、幾ら何でも白羽の矢案件である。そして伊勢谷友介演じるDJオイリーが「フロアじゃ何が起こるか分からない。その恐怖に耐えられるか?」というセリフが木霊するように新型コロナウイルス蔓延による公開延期、公開日直前に伊藤健太郎ひき逃げ事件勃発、そして当の伊勢谷友介は違法薬物所持問題が発覚し混乱を招いた。映画館は、『鬼滅の刃』旋風に対するカラ元気か、1日5回上映を回し奮闘するが、それも梨の礫。TOHOシネマズ海老名では既に朝7:30の回のみの上映へと追いやられていた。だが、私はこの映画を信じていた。例え、友人が今年のワーストだと語っていても、私は傑作だと確信していた。実際に今日観てきた訳だが、素晴らしい作品であると共に、もう撮ることができないであろう輝ける日々を捉えた最後の映画であることに気づいた。というわけでネタバレありで本作について語っていきます。

『とんかつDJアゲ太郎』あらすじ


テレビアニメ化もされたイーピャオ、小山ゆうじろうの人気ギャグ漫画を北村匠海主演で実写映画化。渋谷の老舗とんかつ屋の3代目・アゲ太郎は、弁当の配達で初めて足を運んだクラブで憧れていた苑子に出会う。キャベツの千切りばかりの日々を送っていたアゲ太郎は、音楽でフロアを盛り上げるDJたちのプレイに刺激を受け、これまで味わったことのない高揚感に心を動かされる。苑子のハートを射止めるため、アゲ太郎は、とんかつ屋の仕事もDJも精進し、豚肉もフロアもアゲられる「とんかつDJ」 になることを決意する。アゲ太郎役の北村のほか、山本舞香、伊藤健太郎、伊勢谷友介らが顔をそろえる。監督は自主映画「SLUM-POLIS」などで注目された「チワワちゃん」の二宮健。
映画.comより引用

とんかつもフロアもアゲられる男・二宮健

渋谷スクランブル交差点から、ミニシアター、ラブホテル、クラブが所狭しと並ぶ裏小道をまくし立てるように繋いでいく。このサンプリングだけで、ここが渋谷だと分かる。原宿でも新宿でもない、渋谷のキラキラしつつも少し人生の停滞を感じさせるあの渋谷の空気がそこにある。そして、カメラは北村匠海演じる揚太郎にフォーカスがあたる。うだつのあがらない、就職もしたくない男・揚太郎はいつものメンバーとダラダラした暮らしをしている。老舗とんかつ屋を継ぐ身ではあるが、何年もキャベツばかり切らされていてすっかりやる気をなくしている。そんな彼が、ヒョこんなことからクラブで意中の女の子を発見したことから、DJの魅力に引き込まれていく。

二宮健は相当なクラブ好きだろう。クラブで女の子に話しかけるのだが、周囲の雑音にかき消される。音に対抗して叫ぶように話すと、今度は声が大きすぎてしまう。クラブあるあるをサッと入れてくるところからして、本作を単なる茶番にしない気概に満ち溢れている。揚太郎のDJはハッキリ言って独りよがりの茶番である。仲間ととんかつのコスプレをして町で暴れる様子が動画配信サイトでバズって天狗になっているが、それは彼のDJとしての実力が評価されたのではなく、彼の見たこともないパフォーマンスに人々が注目したからだ。故に一発屋であり、風が吹けば飛ぶような存在でしかない。しかし、彼は図に乗ってしまっている。だから彼が手作りのDJブースで仲間とバイブスを上げたりする場面で使われる曲は、ただ曲が流れているだけで技巧がない。DJは既にある曲から旨味を抽出し、新しい視点を与えることによる快感を生み出すのが仕事なのに、完全に音楽の良さにおんぶに抱っことなっているのだ。そんな彼はクリシェが導くまま、初のDJイベントで失敗する。

フロアを完全にコントロールできると思った彼は、独りよがりなタイミングで、音を消し、小手先の技術自慢をはじめフロアをドン引きさせてしまうのだ。結局とんかつもフロアもアゲられない男に成り下がった揚太郎はようやく、自分が一番知っている音、自分にしか作り出せないサンプリングを見出す。それは「とんかつ屋の音」だ。ジュッと油が肉に引き込まれる音、軽やかなキャベツの千切り音、お盆を客に提供する音。「とんかつ屋」の生きた音こそがフロアをアゲられる切り札だと気づくのだ。二宮健はこんな茶番のような閃きを映画というハッタリを本気で信じることで、観客ですら踊りたくなる伝説のシーンに昇華させている。

『2001年宇宙の旅』のあのテーマをサンプルするところから始まる。そして、「とんかつ屋」のビートを刻み始める。今まで、独りよがりが衝突しあっていた揚太郎の愉快な仲間たちはロボットダンスに、ラップをかます。そしてバックスクリーンにはグラフィティが登場する。ヒップホップの要素がアッセンブルし、一つの大きなグルーヴを生み出す。楽しいクラブのアガる瞬間をそこに刻み込んでいくのだ。そして、伊藤健太郎演じる、DJバトル審査員・屋敷蔵人が乱入する。折角自分たちのリズムでバイブスを上げていたものを解体し始める。ただ、揚太郎は彼の目を見る。今まで自分のことしか見えてなかった彼がそこではじめて、他者とのコミュニケーションを取るのだ。そこには言葉はいらない。必要なのはビートを捌く手のみだ。ジャズセッションのような激流と激流のビートの重ね合い。

それがフロアを最大限盛り上げる。そして、意中の女の子(山本舞香)がオススメしていた、クラブ向きとは思えない曲『Heaven Is A Place On Earth』を切り札として華麗に仕上げていく。

中盤まで、ノリと勢いだけのヘナチョコDJだった揚太郎が高度なサンプリングとテクニックを披露し、スクリーンの外側にまでバイブスを届けていく。この力強さに感動した。

確かに、「俺はキャベツ太郎になっちゃうよ」といった寒いギャグは多いし、通俗な映画だ。それ故に私の友人はワーストにこの映画を挙げている。しかしながら、二宮健はまだサラリーマン監督として内輪の笑いに溺れていないと思った。まるで鈴木則文監督作のように、スクリーン全体で茶番を楽しんでみせ、その自由な楽しみ方で観る者の心を掴んだと思う。だからこそ、劇中でDJオイリーが語る「DJなんか教わるもんじゃない。自由なんだ。」という言葉に説得力があります。

新型コロナウイルスの蔓延で、もう密集した空間で騒いだり、和気藹々食事と談笑を楽しむことができなくなった今、2019年まで存在した輝ける青春をジュッと揚げた作品としても本作はもうちょっと評価されてもいいのではと思いました。あまりに不遇である。

なんだかクラブに行きたくなったし、とんかつも食べたくなった。DJ映画の傑作『EDEN/エデン』も観直したくなってきました。

※映画.comより画像引用

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