『The Student / (M)uchenik』キリル・セレブレンニコフが描く《善悪の彼岸》

ザ・スチューデント(2016)
原題:(M)uchenik
英題:The Student

監督:キリル・セレブレンニコフ
出演:Pyotr Skvortsov, Viktoriya Isakova, Yuliya Aug etc

評価:70点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『LETO』で話題となったキリル・セレブレンニコフ(あるいはキリル・セレブレニコフ)。彼の過去作『The Student / (M)uchenik』が面白いらしいので観てみました。原題がとても凝っています。(M)uchenikをキリル文字に変換してみると(м)ученикとなります。мученикだと《殉教》という意味なのですが、Mを取ると、《学生》に変わるのです。学生が聖書を片手に死の轍を爆走する本作を象徴するタイトルとなっているのです。さてそんな作品のお味は…

『The Student / (M)uchenik』あらすじ


Contemporary Russia. A high school student becomes convinced that the world has been lost to evil, and begins to challenge the morals and beliefs of the adults around him.
訳:現代ロシア。高校生は、世界が悪に負けたと確信し、周りの大人のモラルと信念に挑戦し始めます。
IMDbより引用

キリル・セレブレンニコフが描く《善悪の彼岸》

「罪を犯すべからず! -というとき、人はもっとも神に対して不正直である。」
「道徳的現象なるものは存在しない。あるのはただ、現象の道徳的解釈である。」
「悪魔は神に対してもっとも広い視野をもっている。このゆえに、彼は神から遠ざかっている。-げに、悪魔こそは認識のもっとも古き友なるかな。」

これらの言葉はニーチェが『善悪の彼岸』の《箴言と間奏曲》にて綴ったものです。まあ、現代に置き換えれば著名人のツイートという訳だ。さて、何故ニーチェの言葉なんか引っ張り出したのかと言えば、これは『善悪の彼岸』に蠢く信仰・道徳・常識・先入観に固められ、一見平和に見えるものの実は欺瞞に満ち溢れた社会を切り裂く何かを纏った主人公が恐ろしい程に彼の空間を破壊し、さらには観るものまでも善悪の彼岸に立たせ深淵と対峙させる怖い怖い映画だったのです。

聖書を持ったヴェーニャがプールに飛び込むところから物語は始まる。学校の先生に呼び出されて緊急面談が実施されるのだが、ヴェーニャは聖書を片手に論破してみせる。聖書マシンと化した彼を前に誰も太刀打ちできない。母親は神父さんに「息子が変なんですよ」と涙ぐみながら助言を求めるのだが、所詮神父はサラリーマンに過ぎない。現代において神父は、神に仕える者というよりかは、日々の生活のために神の仕事をしているだけに過ぎなかったのだ。

そしてヴェーニャの行動はエスカレートしていく。避妊の拒絶、進化論の拒絶を先生や周りの生徒にぶつけていく。先生は彼を論破することができない。そして次第に、周りは皆《問題をなかったことにする》という対策を行い始めるのです。ヴェーニャに好奇心を持つ生徒が現れているというのに。

これは、キリル・セレブレンニコフが放った挑戦状だ。宗教は、所詮社会の治安を維持するためだけに存在しており、人々は聖書の中の自分の好きなところだけ掻い摘んで人をコントロールしようとしているに過ぎないのだ。神父ですら、聖書を本気で信じていない。それ故に、聖書や宗教と本気で対峙した際に、闘いを諦め、問題の存在すら諦めてしまうのです。また、ヴェーニャという狂人に対してせせら嗤う生徒たちの裏で、彼に取り込まれていく人の影を魅せることで、宗教の本質を突く。どんなにバカバカしくとも、一切屈せず全身する者にカリスマ性を感じてしまう。そしてそれに魅了されてしまうのです。ヒトラーや麻原彰晃が何故、国を揺るがす地位にまで登りつめたかがよく分かります。

キリル・セレブレンニコフ監督、なんて恐ろしい監督なんでしょう。今後も期待したいです。

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