イソップの思うツボ(2019)
監督:上田慎一郎、中泉裕矢、浅沼直也
出演:石川瑠華、井桁弘恵、紅甘、斉藤陽一郎、藤田健彦、髙橋雄祐etc
もくじ
評価:0点
こんばんは、チェ・ブンブンです。今朝、『カメラを止めるな!』スタッフが手がけた『イソップの思うツボ』を観てきました。本作は『カメラを止めるな!』で一躍有名になった上田慎一郎監督が、スチールを手がけた浅沼直也とスピンオフ『ハリウッド大作戦』の中泉裕矢監督とタッグを組み制作された作品です。『カメラを止めるな!』はブンブンにとって思い入れの大きい作品だ。昨年、を公開初日に観て大絶賛し、その年の年間ベスト第4位に選出する程熱狂した。そして絶賛考察記事は単体で一時期5万PVを達成する程のバズり方を魅せた。上田慎一郎監督作品は、したまちコメディ映画祭in台東の頃から知っていただけに本作も当然ながら初日に観に行きました。
しかし、数週間前からブンブンの周りで不穏な噂を耳にする。「あまり面白くない」と。そしてTwitterを見渡してみると、通常であれば公開数日前には映画ライターが応援ツイートをしたり、Filmarksに熱い評がアップされるはずなのだが、全く感想が流れてこないのだ。多分、これも『カメラを止めるな!』方式で、ネタバレ地雷原になっているのだろうとは思ってみたものの、嵐の前の静けさだ。これは嫌な予感がする。
それは見事に的中してしまいました。鑑賞後、ブンブンは哀しくなりました。この映画に1点足りとも入れることができない。0点の映画だと。
ダメダメな映画には2タイプある。
1つは『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』のように皆と語り合いたいタイプの作品だ。ある意味愛の裏返しであり、面白い作品と捉えることが可能だ。
2つ目は《虚無》である。あまりのつまらなさの荒野に観るものの目は腐っていく。そういうタイプのダメダメ映画がある。
『カメラを止めるな!』スタッフが放つ最新作は誠に遺憾ながら後者である。
ブンブンは上田監督を応援しているし、彼が三谷幸喜や福田雄一のように邪の道に堕ちないことを心から祈っている。それだけに本記事ではネタバレありで、本作の問題点について分析考察していこうと思う。上田監督に届いて欲しいなと思いながら斬っていきます。
『イソップの思うツボ』あらすじ
「カメラを止めるな!」の上田慎一郎監督を中心とした製作スタッフが再結集し、再び予測不能な物語を紡ぎだしたオリジナル作品。上田監督と「カメ止め」助監督の中泉裕矢、スチール担当の浅沼直也が3人で共同監督・脚本を務めた。カメだけが友達の内気な女子大生・亀田美羽、大人気タレント家族の娘である恋愛体質の兎草早織、父と2人で復讐代行業を営む戌井小柚。ウサギとカメ、イヌの名前を持つ3人は、有名童話さながらの奇想天外な騙し合いを繰り広げるが……。舞台やテレビ、ミュージックビデオで活躍する石川瑠華が美羽、「4月の君、スピカ。」の井桁弘恵が早織、「光」「アイスと雨音」の紅甘が小柚をそれぞれ演じ、「恋に至る病」の斉藤陽一郎、「愛のむきだし」の渡辺真起子、「らせん」の佐伯日菜子らが脇を固める。
そもそもどういう作品だったのか?
問題点について語る前に、本作がどういう話だったか整理しておきましょう。
本作には4つの派閥が出てくる。
1:亀田家→友達がいない女子大生とその一家、後に兄が先生に変装していたことが発覚する。
2:兎草家→一家全員タレントとしてバラエティ番組に出演している。しかし、母と娘は別途先生とデートをしていたり、父は不倫している問題を抱えている。
3:戌井家→父と娘はヤクザと結託して誘拐、拷問の手伝いをしている。
4:ヤクザ→交通事故で母を失った亀田家に、復讐ビジネスとして兎草家を殺す企画を提案する。
亀田美羽は新しく来た新教師に想いを寄せるが、兎草早織に奪われてしまう。兎草は先生とデートすることに成功するのだが、実は彼女の母もこっそり先生と付き合っていた。一方その頃、ヤクザからの依頼で戌井小柚は父と共に兎草家を誘拐することとなる。実は、ヤクザは交通事故で母親を失った亀田家に目をつけ、生の殺しを魅せる闇のパーティビジネスのメインディッシュとして亀田家に兎草家の殺しをさせようとしていたのだ。
そして戌井が誘拐作戦を敢行する裏で、亀田家も動いていた。実は新教師は亀田家の長男であった。娘と母が自分に恋するよう仕向け、動画にこっそり収めていたのだ。亀田美羽は金髪女子に変装して、父を誘惑し、これまた動画に収める。
三つの一家が揃う時、パーティは開催された。しかし、亀田家は兎草家を本当に殺すとは思っておらず、ヤクザとの意識さに怒りを抱き反発する。パーティに集まるブルジョワジーが困惑し、遂にヤクザも絡めて倉庫で決闘となる。ヤクザはうっかり撃鉄を引くのを忘れ、殺されてしまう。ブルジョワジーは喜び、また亀田家は復讐ができたことに満足し映画は終わる。
さてここに潜む問題について語っていきましょう。
問題点1:『カメラを止めるな!』のフレームワークは一回限りの大技
本作の骨格は『カメラを止めるな!』と同じだ。
90分を3等分に分け、それぞれ違ったテイストで物語が紡がれ、違った角度から見えてくる景色の面白さにブンブンを含め、多くの観客は熱狂した。しかしながら、そのテクニックは一回限りの大技である。既に耐性のついてしまった観客にはイマイチに感じてしまいやすいものがあるのだ。確かに、本作は第一部でワンカットの大技を決め、そこからツイストを描くという全く同じフレームワークを使用することを避けている。
友達のいない女子大生・亀田美羽とタレントとしてテレビに出ている学校の華である兎草早織の対比が描かれていく。そして、そこに現れたイケメン教師を巡ってヒリヒリするような会話が繰り広げられる。そして、父と共にヤクザ家業をしている戌井の登場によって、今まで我々がみていたラブストーリーの化けの皮が剥がされていくのだ。
しかしながら、どうしても本作には嫌でも『カメラを止めるな!』の亡霊が付き纏う。それを払拭できるようなドラマが描かれれば良いものの、そこにあるのは劣化版タランティーノのような復讐譚だったので、最後までテンションが下がるばかりであった。これが『カメラを止めるな!』のない世界軸であれば、そこまで評価は下がらなかったものの、この世界は『カメラを止めるな!』が大ヒットした後の世界。どうしても、監督たちが、保身の為に『カメラを止めるな!』のフレームワークに胡座をかいてしまったとしか言い様のない物語となってしまった。
問題点2:伏線アピールが強すぎる
『カメラを止めるな!』の批判で耳にした、全ての伏線を回収することの問題は『イソップの思うツボ』で露骨に現れた。全ての要素が、ここ伏線ですよと強調され、執拗にここさっきの伏線ですよ。今回収しましたよ!というアピールが強すぎるのだ。言い換えれば、演出が丁寧すぎる。これにより、観客から考えさせるという時間を奪ってしまい、結果的につまらないものとなってしまった。
例えば、前半テレビで兎草早織と母のホクロの位置が強調される。そして先生が兎草早織とデートする場面で、強烈にホクロを強調してくるのだ。そこで、先生は母と不倫していることが発覚する。あからさまな表現に、観客が謎解きをする喜びを削いでしまっている。また、ご丁寧に母と不倫していたんだよとVTRに語らせる場面があるので、クドく感じてしまう。
また、兎草早織の父が亀田美羽と不倫している場面。彼女の顔が見えないので最初はただの金髪女子に見えるのだが、それがチーズダッカルビ弁当のクローズアップで、彼女の正体が分かるという演出(前半で亀田家が執拗にチーズダッカルビの会話をすることから伏線として昨日している)なのですが、ご丁寧にも彼女がカツラを取り種明かしするのだ。ここでもまた観客が謎解きする喜びを奪ってしまっている。
本作は、どんでん返しを売りにしている作品であるが、悉く答えをすぐ言ってしまう。これにより段々映画がどうでもよくなってしまうのです。
問題点3:先生に惚れる亀田美羽描写の矛盾
ところで、この映画は終盤で先生の正体が亀田美羽の兄だと明らかにされるのだが、疑問に思わないのだろうか?彼女は、前半で先生に想いを寄せるように描かれているのです。もちろん、監督はこう言いたいだろう。兎草早織が彼女に接触し、「先生のこと好きでしょ?」と訊き、その問いに「えっ好きじゃないよ」と答える場面があるからそれはミスリード描写だと。しかしながら、果たしてミスリードとして見られるのだろうか?
あの恋愛拒絶シーンは、自分の恋心を他人に知られることを恐れて、咄嗟に否定するようにも見えます。むしろ、あの場面は、先生への恋を見透かされることへの回避と、勝手にレズビアンに間違えられることへの拒絶をヒリヒリとした間合いに込めたと捉えるのが筋だと言える。そしてそうなった際に、矛盾が生まれてくる。
先生が自分の兄だと分かっているにも拘らず、先生に恋を抱く。どういうことだろうか。彼女がブラコンという描写もないので演出ミスに見えてしまうのです。
問題点4:亀田家の母描写は後出しジャンケンだ
亀田家周りの問題はさらに続く。彼女が冒頭で母とチーズダッカルビについて話す場面があるのだが、終盤でそれは哀しみにくれる彼女が生み出した幻影であることが明らかにされる。ただ、母の死に纏わる伏線がないので、後出しジャンケンのように見えてしまう。百歩譲って、この後出しジャンケンを肯定したとしよう。彼女の精神疾患が物語にイカされているだろうか?ブツブツと大学内で虚空に向かって話していたり、銃を乱射したりしていない。あくまで幻影と話すのは家の中だけだ。
やはり後出しジャンケンの臭みは抜けきれていない。
問題点5:戌井サイドの弱さ
さて戌井サイドをみてみよう。ヤクザ家業を手伝わせている父は、後ろめたさを感じ、娘にヤクザ家業の手伝いを止めるように言う。そこに今回の誘拐の案件が入ってくると言うプロットの上で彼女が動くのだが、終盤に行くにしたがって、彼女の物語は空気となっていく。抗争に巻き込まれて行く中で、空っぽだった自分に何かが芽生えて、ヤクザ業から足を洗うということもなく、ただただ彼女は空気のまま蒸発して物語は終わってしまうのだ。
正直、亀田サイド、兎草サイド、そしてヤクザの三つ巴でよかったのではと感じてしまった。
問題点6:限りなく透明に近いブルジョワ像
予告編にない、この映画の大どんでん返しは、この誘拐復讐劇がヤクザのブルジョワ向け殺しエンターテイメントの脚本の上で動いていたことだ。ヤクザが考えた脚本に従って亀田家は兎草家を皆殺ししていくというもの。
ブルジョワジーは仮面を被り、スクリーンの前で行われる殺しにワクワクドキドキしている。この手の、バックに得体の知れない存在がいる演出は『LIAR GAME』や『カイジ』で描かれているのだが、本作ではあまりにあまりにあっさりとブルジョワジーの存在に触れるため、ヤクザに刃向かったら得体の知れない組織から報復されるのでは?という恐怖がない。そして、その恐怖のなさという根本的な原因は、亀田家、兎草家、そして戌井家、皆そのブルジョワジーの存在に怯えることがないのだ。「えっそういうことだったの?」とその事実に驚くだけなのだ。だからこそ、このブルジョワジーネタは、ただ映画に乱雑に置かれた要素としてしか機能していないように思えます。
問題点7:銃描写問題
さらに終盤は、『レザボア・ドッグス』を意識した銃を突きつけあった会話劇となってくる。そしてヤクザが安全装置を外していない状態で銃を撃とうとするミスにより、倒されてしまう。ヤクザが安全装置を外し忘れるとはどういうことだろうか。あまりに間抜けじゃないだろうか。また、銃を撃ったと思ったら、空砲だったという肩透かしや、銃にフォーカスを当てすぎてそれがエアガンであることがバレバレになってしまうところなど、一見「銃のことわかってますよ」という会話をしておきながら、イマイチな銃表現ばかり魅せてくるのでげんなりとしてきます。問題点8:復讐譚としての重みの軽さ
最終的に亀田家は兎草家に復讐をし、ヤクザも倒したのでハッピーエンドで終わるが、亀田家は果たして本当に復讐できたのか?というところに疑問を抱きます。確かに、亀田家は兎草家に羞恥心を抱かせた。精神的に殺しを行えたので復讐は達成されたことでしょう。しかし、元を正せば、ヤクザの誘導によって作られた復讐だ。また、兎草家の交通事故に関する決定的な悪というものが描かれないので、タレントとして活躍する兎草家への嫉妬による誘拐にしか見えなくなってくる。復讐としての強い動機というのはないのだ。どうも中途半端さが残ります。
問題点9:VTRネタバラシ描写がもたらすクドイ伏線回収
そもそも、本作のどんでん返しをVTRによるネタ明かしに託してしまったのが悪かったのかも知れない。既に伏線回収され、観客によっては既に謎解きが完了しているのに、このVTRは再度分かりきった展開を説明してしまっている。映画というのは、何も全ての伏線回収をしなくてもいいし、全てを明かさなくても良い。でも本作は『カメラを止めるな!』が全ての伏線を回収したことと同じことを行いスベッてしまっている。
やはり『カメラを止めるな!』の二匹目のドジョウは厳しい訳だ。別の手法で映画を作る必要があったと感じた。
良かったところ:井桁弘恵の邪悪な美女像
酷評ばかりでは芸がないので、唯一良かったところについてお話ししましょう。ブンブンは唯一、井桁弘恵の演技に唸りました。タレントイケイケ女子大生である兎草早織は、アイドル同様美しさ、可愛さを持ちながらも鋭いナイフを隠しもっている。地味な亀田に対する、間合いの詰め方の恐怖や、彼女の微笑みの下に隠す翳りはアイドルやタレントの邪悪性を見事に体現していると言えよう。井桁弘恵はまだ映画出演歴は浅いものの、今後期待できそうな俳優です。松井愛莉的笑顔の鋭いナイフを使いこなせそうな俳優なので個人的に応援したい。
最後に
正直、10月に公開される上田慎一郎監督作『スペシャルアクターズ』が不安だ。どことなく、段々とつまらなくなっていく三谷幸喜や福田雄一の轍を猪突猛進突き進んでいる気がします。もちろん、『カメラを止めるな!』で得た巨大すぎる名声は重圧であり、この作品の成功は亡霊のように監督を付き纏うことでしょう。それを払拭して、笑いと興奮のある世界が提示されることをブンブンは期待したい。今年ワーストクラスの辛辣な評になってしまったが上田監督を今後も応援していきます。
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