【ヴァカンス映画特集】『簪』情緒的が足に刺さるという名のパワーワード

簪(1941)

監督:清水宏
出演:田中絹代、笠智衆、川崎弘子etc

評価:95点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

先日、アンスティチュフランセ東京で開催された『ヴァカンス映画祭』に行ってきました。お目当は、清水宏の『簪』。《簪》と書いて《かんざし》と読むこの難読漢字の魅力に惹かれて観に行ったのですが、これが大傑作でした。

『簪』あらすじ

夏休みに山中の温泉宿、そこに逗留したまたま部屋を隣り合わせた客たちの交流とささやかな騒動、そして簪がきっかけで生まれる淡い恋……。情緒を醸し出す魅惑の女に田中絹代、青年帰還兵に笠智衆、のちに日本を代表する名優たちがお互いにほのかな思いを寄せる男女を演じている。小津安二郎らと並び、戦前より松竹大船人情劇の基礎を築いた巨匠・清水宏監督による味わい深い人間ドラマ。戦中に作られた作品にも関わらず、おおらかで心地よい笑いで全編が包み込まれた珠玉の傑作である。
※アンスティチュフランセより引用

土橋式フォーン作品

本作は、日本映画史にとって重要な土橋式フォーンが採用された作品です。世界初のトーキー映画『ジャズ・シンガー』に刺激されて土橋武夫・土橋晴夫兄弟が開発した録音システム土橋式フォーンは日本初のトーキー映画『マダムと女房』に使われた後、小津安二郎の作品等にも活用されました。この『簪』でも使われているのですが、今観ると非常に聴き取り辛く英語字幕を観た方がわかりやすいという珍現象が起きます。本作では小難しい単語が頻繁に使われるので、思わず英語字幕を読むのですが、あまりに英語字幕がシンプルで「えっ本当にそんな意味?」と思ってしまう箇所がたくさんあります。貴重な経験と言えよう。

ギャグが爆速で駆け抜ける

清水宏監督は、小津安二郎の陰に隠れてしまいなかなか日本映画クラスタの間でも話題にならない監督です。実際ブンブンも初めて鑑賞しました。驚いたことに、作品のテイストは小津安二郎に近いものがあります。田中絹代×笠智衆という組み合わせもそうなのですが、カメラの位置が低く、ゆったりと時間が流れ、ある意味サザエさんを彷彿させる家族ドラマは小津そのものです。しかしながら、本作の清水宏は、ギャグがフルドライブしている為、異次元の小津映画を観ているようなワクワク感があります。

温泉宿にやってきた教授一味は、団体客に頭を悩まされる。あんまは来ないは、ゲイに間違えられるはいいことがない。温泉に浸かると部下が、底に沈んだ簪が足に刺さってしまい怪我を負う。ここで教授のクレーマーっぷりが炸裂し、周りの仲間たちが辟易する。このクレーマー教授VSガヤの掛け合いが非常に面白い。遂には、温泉宿にやってくる簪の持ち主を巡って、一見交渉に見えるがゲスな会話が炸裂します。

「情緒的が足に刺さった。なんと詩的な表現だ。」
「情緒的イマジネーションを働かせれば、宿に来る女性は美人でなければいけない。不美人だと、詩的ではない。」

なんてことを言っていると、ようやく温泉宿に持ち主が現れるのです。

美しさにホッと惚れる、怪我した部下。彼はガヤに分からないように淡い恋心を抱き、彼女もそれに応えていくのだが、そう簡単に恋を成就させないのがガヤの力。キッズが、おじさんのためにとリハビリをゲームに変えてしまうのだ。木から木に移動し松葉杖をゲットするミッションをクリアしたおじさんだったのだが、「次は障害物だ!」と言い始め、次の場面では『恐怖の報酬』かよ!と思いたくなるほど、過酷な一本橋を歩かされるのだ。

しかもその次のゲームが、急勾配の階段を登らされるという、どれだけSなんだと思うほどにレベルの飛躍が激しい。時間の流れこそ、スマホもパソコンもない時代なのでゆっくり、ゆっくりと進んでいるのにギャグだけがF1レースのごとく駆け抜ける面白さに満ち溢れてました。

清水宏監督は本格的に観てみようかなと思ったブンブンでした。

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