【アカデミー賞特集】『Hale County This Morning, This Evening』黒人コミュニティの幸福に魅了される

ヘイル・カウントリー・ディス・モーニング、ディス・イヴニング(2018)
Hale County This Morning, This Evening

監督:RaMell Ross

評価:85点

第91回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞にノミネートされている『Hale County This Morning, This Evening』を米国iTunesで観てみました。本作は、『Storyville』『American Jail』とテレビドキュメンタリーを撮っていたRaMell Ross初長編ドキュメンタリー映画です。サンダンス映画祭で特別審査員賞を受賞した他、アカデミー賞前哨戦であるゴッサム賞でもドキュメンタリー賞を受賞している為、2018年最強ドキュメンタリー『Won’t You Be My Neighbor?』が落選している今年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞部門でダークホースポジションを確立しています(とはいえ、8割型ルース・ベイダー・ギンズバーグの反省を描いた『RBG』が獲ると思いますが)。果たして…

『Hale County This Morning, This Evening』概要


A kaleidoscopic and humanistic view of the Black community in Hale County, Alabama.
ブンブン訳:アラバマ州ヘイル郡の黒人コミュニティの万華鏡と人文主義の視点。
IMDbより引用

『ビール・ストリートの恋人たち』ともう一つのボールドウィン

今年のアカデミー賞では『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督がジェイムズ・ボールドウィンの同名小説を映画化した『ビール・ストリートの恋人たち』がノミネートされています。ボールドウィンの文学的抑えたトーンを、ジェンキンス監督のゆったりとした時間感覚が包み傑作の香りを醸し出しています。実は、日本人の映画ファンの多くがスルーしてしまっているであろう本作もまさしくボールドウィン的世界を作り上げています。とはいっても、ボールドウィンは差別により抑えつけられた感情の爆発を描いているのに対し、本作は圧倒的美と幸福でもってアラバマ州の黒人コミュニティの今を描き出しています。

アラバマ州といえば、プランテーションとして発展していった歴史を持っており、アフリカから連れて来られた黒人奴隷が酷使され、白人はその搾取でもって莫大な富を築き上げた地です。南北戦争によって奴隷制が崩壊した後、アラバマ州に光がさしたかといえば暗礁で、農業に依存した土地であることに変わりなく、貧困が続いていきました。映画でも『アラバマ物語』という黒人の無罪に立ち向かう白人弁護士が描かれ普及の名作としてのポジションを確立しているのでアラバマ州=貧困、差別=不幸という方程式がイメージとしてチラつく。

しかしながら、RaMell Rossは決して裕福とはいえないが、かといって不幸とはいえない今のアラバマ州を捉えています。子どもたちが楽しそうにバスケットボールをしたり、ご近所さんと一緒になって机の運び出しを行う、ここに住む黒人たちは差別による苦しみを顔に出しておらず、幸せそうに暮らしている。実に健康的だ。よっぽど今の日本の不寛容で、低賃金長時間労働、外国人労働者や女性に平気で差別するギスギスした現状の方が不健康に見え泣けてきます。

RaMell Rossは巧妙に、映画の引用を施すことで、この平和な黒人コミュニティを撮っただけの作品に奥深い真実を突きつけています。通常、この手の作品で引用するのは『國民の創世』だろうとは思う。現にスパイク・リーの『ブラッククランズマン』では『國民の創生』が引用されていました。しかしながら、彼は1913年に製作されたサイレント映画<『Lime Kiln Field Day』を引用している。本作はミンストレル劇団で《本物の2人のクロンボ(Two Real Coons)》として活躍していた見世物芸人バート・ウィリアムスがブラックフェイスをつけて演じている差別的な内容であるにも関わらず、中産階級の嗜みとロマンスを描いた作品となっています。つまり、黒人コミュニティの幸福を描くことで我々が抱く無意識の差別をあぶり出そうとしていると考えることができます。

実際にロサンゼルスタイムズに掲載された監督インタビューでは次のように語っています。

For many black artists — musicians, filmmakers, painters, writers, etc. — art is often burdened with the responsibility of humanizing our communities. There’s been a historical obligation to prove to the world that black folks hurt and love and laugh and live just like their white counterparts, like humans.

Director RaMell Ross rejects this notion.

“I don’t think that people think that [other] people aren’t human. I think they think they’re inferior,” he said, “and inferiority is just as dangerous as a person saying [another] person is not human. So for me, it’s more about connecting people to know that the similarities [between us] are rooted in something that is larger and ‘they’ are not inferior.”

My goal is to create an experience of the historic South, the experience of the centrality of the black experience.

ブンブン訳:ミュージシャン、映画製作者、画家、作家など、多くの黒人アーティストにとって、アートは私たちのコミュニティを人間化する責任を負っていることがよくあります。黒人が傷つき、愛し、そして笑い、そして人間のように彼らの白い対応物と同じように生きることを世界に証明するという歴史的義務がありました。

監督のRaMell Rossはこの考えを拒否する。

「人々が《他》者は人間ではないと考えるとは思わない。」監督はこう語る。
「奴ら(黒人)は劣っていると彼ら(人々)は考えています。そして劣等は人が人間ではないと言うのと同じくらい危険なのです。だから、私にとっては、(私たちの間の)類似性はより大きなものに根ざしており、《彼らは劣っていない》ということに根ざしているということを人々を結びつけることがもっと重要です。」

私の目標は歴史的な南部の経験、黒人の経験の中心性の経験を創造することです。
ロサンゼルスタイムス記事より引用

監督は、南部に対するステレオタイプに対するアンチテーゼとしてこの私的で美しく文学的な《幸福》の肖像を創り上げました。これはまさしく『國民の創生』で映画史的にも重要な作品として君臨し、尚且つ南部の黒人イメージを社会に浸透させてしまったものに対する抵抗であると考えることができる。まさしく、2010年代の『國民の創生』として重要な作品といえます。70分くらいの作品なのでNHKの世界のドキュメンタリーあたりで放送されないかなー

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