【ネタバレ考察】『シュガー・ラッシュ:オンライン』ディズニーは『絵文字の国のジーン』に見本を魅せた

シュガー・ラッシュ:オンライン(2018)
Ralph Breaks the Internet

監督:リッチ・ムーア、フィル・ジョンストン
声の出演(吹き替え版):山寺宏一、諸星すみれ、菜々緒、HIKAKIN etc

評価:85点

この歳になると、10年の月日が物凄く早く感じる。つい、2年前の映画だと思っていた大傑作『シュガー・ラッシュ』から6年も時が経っていたのだ。おいおい、小学校1年生が中学生になるぐらいの月日が経っているではありませんか。なんて恐ろしいことだ。さて、今年のアカデミー賞長編アニメーション賞は『インクレディブル・ファミリー』当確だと言われていたが、ここに来て波乱が巻き起こりそうだ。なんと『シュガー・ラッシュ:オンライン』が批評家に賞賛されているではありませんか。『インクレディブル・ファミリー』がロビイストについて描いた結構難解な内容だっただけに、ここに来て戦況が変わりそうだ。
しかも、ダークホース『スパイダーマン:スパイダーバース』が異常に批評家に好まれる事態が発生。今年のアカデミー賞はまさかの長編アニメーション部門で予測不能な事態になっているらしい。さて、そんな『シュガー・ラッシュ:オンライン』観てきました。これが恐ろしくレベルの高い作品で腰が抜けました。ってことで、ネタバレありで語っていきます。

『シュガー・ラッシュ:オンライン』あらすじ

寂れたゲームセンターのゲーム『シュガー・ラッシュ』の中で生きるヴァネロペは、刺激を求めていた。そんな中、『シュガー・ラッシュ』の筐体が壊れてしまい廃棄されることに…。それを阻止すべく、ヴァネロペは親友のラルフと共にインターネットの世界へ飛び出したのであった…

いきなり難民映画!

本作はいきなりハードコアな難民問題から始まる。その語り口の鋭いパンチに眩暈がした。新鮮さを求めるヴァネロペのために、ラルフは新たなレースコースを作るのだが、それが要因で筐体のハンドルを壊してしまうこととなる。ゲームセンターに来た子どもたちはネットを駆使して、eBayにハンドルが売っていることを突き止める。しかし寂れたゲームセンター。200$なんて払えるわけもない。こうして、『シュガーラッシュ』の筐体は廃棄されることとなるのだ。コンセントが抜かれる筐体、ゲーム内の住人は命がけでプラットホームに逃げる。そしてプラットホームには、住処を失った無数の住人で溢れることとなる。

なんと凄まじい脚本なんだろうか。ゲーム筐体の廃棄から、壮絶な難民の物語へと発展していくのだ。そしてヴァネロペから、アイデンティティにまつわる心理が浮かび上がってくる。彼女は変化を求めている。退屈な『シュガー・ラッシュ』の世界にうんざりしている。でもアイデンティティは『シュガー・ラッシュ』にあるのだ。故に、『シュガー・ラッシュ』本体がなくなってしまうことに対しては強い悲しみを抱いているのだ。まるで、紛争から逃げて来た難民が、祖国に対してはうんざりしているが、祖国を失うことに対しては強い悲しみを抱くある種の二律背反を象徴させているように見えるのだ。思えば、ヴァネロペのアメリカでの声優はユダヤ人コメディアンのサラ・ケイト・シルバーマン。迫害と亡命の歴史を持つユダヤ人というアイデンティティを背負う彼女をヒロインに持って来ていることからも、非常に政治的メッセージが伺えます。

左翼と右翼のコントラスト

いきなり政治的語り口から始まるこの奇怪なアニメは、さらに左翼と右翼のコントラストを盛り込んでいく。ヴァネロペは退屈な今を変えようとしている。常に新しいものを追い続けて変化を求めている。それに対して、ラルフは、保守的で、今まで通りの生活を送ることに執着している。革新的で、どんどん新しいことに挑戦しようとするヴァネロペをひっきりなしに止めようとする。そして自分たちの関係を維持しようとラルフは躍起になるのだが、どうも新しい波によって生活環境が変わってしまうことに対して全力で止めようとする右翼の香りが漂っているのだ。

なんなんだ?『インクレディブル・ファミリー

』以上に社会派/政治的要素が強いぞ。この歪さにどんどん惹きこまれていきます。

『絵文字の国のジーン』に対するアンチテーゼ

そしてようやく、本題になる。そこには『絵文字の国のジーン

』に対するアンチテーゼしかありませんでした。『絵文字の国のジーン』とは、文字通り絵文字の国で起こる騒動を描いた作品。あまりの出来の悪さから、最低映画の祭典ラジー賞で4冠を受賞した作品だ。面白いことに、『シュガー・ラッシュ:オンライン』のプロットは『絵文字の国のジーン』に寄せて来ています。

1.国を追われた者の冒険譚

絵文字の国のジーン→仕事に失敗して笑顔の絵文字スマイラー一味に追われるジーンの物語
シュガー・ラッシュ:オンライン→ゲーム中に粗相をしたせいで筐体から亡命せざる得なくなったヴァネロペの物語

2.インターネットでターゲットを探す

絵文字の国のジーン→ジーンのバグを直してくれるハッカーを探しにインターネットへ
シュガー・ラッシュ:オンライン→『シュガー・ラッシュ』の故障を直すハンドルを探しにインターネットへ

3.冒険を通じて自分のアイデンティティを見つめ直す

絵文字の国のジーン→冒険を通じて、自分のバグを愛するようになる
シュガー・ラッシュ:オンライン→プリンセスと出会い、自分のプリンセス性を見つめ直す

元々、『絵文字の国のジーン』が『シュガー・ラッシュ』のバグだって個性でしょ?というプロットを引用して作られた話なので、当然ながら共通点は出てくるのだが、それにしても容赦なく『絵文字の国のジーン』に物語を合わせて来ます。インターネットの世界では、どちらも実際に登場するアプリやwebサービスが出てくる。『絵文字の国のジーン』では、Twitterをただの空飛ぶ鳥としてしか描かなかったのに対して、本作ではしっかりと情報が拡散するツールとして描かれている。また、動画サイトを使って金を稼ぐところや、しつこいweb広告がユーザーにもたらす影響など、ここ10年のインターネット文化を限りなく詰め込んでいくのだ。そしてeBayとかGoogleとか出てくるけれども、決して《広告》として使うことはない。作劇上必要な要素だけを、各weサービスやアプリケーションを引用しているのだ。それにより、観客は、それぞれのアプリケーションがどういう役割かを理解できる。そして簡単に代替できない要素であると認知できるのだ。

本作を観ていると、まるでディズニーが『絵文字の国のジーン』に対して添削をしているような印象を受けます。『プレバト!!』の講師のような強烈な指摘、それも的確完璧な指摘に痺れます。

『レディ・プレイヤー1』のバグすら直す

本作は、勢い余って『レディ・プレイヤー1

』のバグすら修復してしまいました。『レディ・プレイヤー1』の欠点は2つあるとブンブンは考えています。1つ目は、最初のレースゲームシーンの攻略法が、ゲーマー目線からするとリアリティに欠けるところにある。2つ目は、エンディングが説教臭すぎるところにある。前者に関しては、バグとか裏技に関する文化考察が足りなかったことが大きい。その点、『シュガー・ラッシュ:オンライン』では見事に解決されている。まず『シュガー・ラッシュ』というクローズドなゲーム環境と、オンラインレースゲームのオープンワールドなゲーム環境を比較させる。そして、そこにヴァネロペの瞬間移動バグの普遍性を投影させる。さらに、プロのゲームプレイヤーの洗練されたドライブテクニックを、ズルしてゴールに向かうヴァネロペにぶつけることで、ゲームプレイヤー達の技術力を強調させる。つまりは、本作で描かれるレースゲームは等身大のゲーマーの世界を映し出しているのだ。

そして後者、本作はディズニー映画故、確かに説教くさい部分はあるのだが、『レディ・プレイヤー1』を凌駕するディズニー映画批評、ネット文化批評の業火に包むことによって然程気にならないレベルにまで薄く引き延ばすことに成功している。何と言っても、ユニークなのは公開前から話題となっていたディズニープリンセス批評のシーン。これが単なる出オチではなく、しっかりと物語に絡んでくるのだ。

ヴァネロペは1作目で、バグを個性として認めラルフと一緒に強固なアイデンティティを形成している。しかし、今回故郷を失い、完全に流浪の民となるのだ。そんな中、白雪姫やラプンツェル、エルサといったプリンセスのオフ会に紛れ込み、彼女らから詰問を受ける。そして、「私は本物のプリンセスなのかしら?」と自問自答するのだ。ここ数年のディズニー映画は、従来のディズニープリンセスのステレオタイプな側面から脱しようとしている。そこの集大成として、ヴァネロペをどう位置づけるのか?について論じ始めるのだ。そして、たどり着いたのは、「今一番イケているプリンセスは、王子様を助けること。ただ、それだけじゃステレオタイプの像を裏返しただけだわ!従来のプリンセスは個人の幸福がゴールだったけれど、今は世界平和!みんなの幸福を叶えてあげる存在でいることがプリンセスよ!オホホホホ」というものだった。

この今トレンドのプリンセス像を纏ったヴァネロペは、スピルバーグ印、グロテスクなまでに増殖したラルフウイルスと戦い、粉砕し、ネット世界と『シュガー・ラッシュ』を救うのだ。それも、最後はプリンセスが各々の武器を使ってラルフを救う展開となっていくプリンセス版アベンジャーズとなるのだ。王子様が大渋滞とどこかの作品は豪語していたが、こっちは王女様の大渋滞だ。

もちろん欠点はある

完璧に見える本作も、一応ボロは出てたりします。何と言っても、ラルフがダーク・ウェブ上の商人から入手したウイルスをしっかり管理できず、インターネット世界全域にウイルスをぶちまけてしまう場面に対する決着のつけ方が生ぬるいです。なんということか、暴走し無限増殖するラルフウイルスを、ヴァネロペがなだめることで自然消滅するのだが、そんなことはあるまい。折角、検索エンジンがウイルス駆除エリアにラルフウイルスを誘導するという案を提示しているのに、それを無視して説教で倒すのは論理命のインターネットの世界ではありえません。やはり、ここは絶望的な状態から、地を這うようにしてウイルス駆除エリアにヴァネロペを持っていき、一網打尽にした方が良かったのではと感じてしまった。でも、それを差し引いても本作は傑作だし、最後の「予告編にあったシーンがないからがっかりしゃちゃったわ!」と少女が叫ぶディズニー自虐ネタ(『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー

』や『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー

』で使用されたマーケティング手法に対する皮肉)から『スリザー』ネタに持ってくる凶悪さこみで素晴らしい作品でした。

余談1:シャンクがカッコ良すぎた

それにしても、本作でオンラインレースの住人として出てくるシャンクというキャラクターがあまりにカッコ良すぎて惚れてしまいました。強くて有能な者を追い求める。仲間を信じ、仲間のミスは例え大きなものだとしても怒らず、その時できる最善の答えのみを考える。あんなカッコイイ女性が目の前にいたら、そりゃヴァネロペは惚れるのも無理はない。ラルフも、もっと早く嫉妬から解き放たれていればなぁと思いました。今回吹き替えで観たので、シャンクの声は菜々緒でしたが、原語だとワンダー・ウーマンことガル・ガドットが演じています。これは字幕版も観たいぞ!

余談2:それにしても…

ゲームセンターのおじさん視点で観ると意外にもツッコミどころがあります。ツッコミどころといってもディズニーが意図的に仕込んだイースターエッグのようなものなのですが。

例えば、ゲームセンターのおじさんが使っているPCがiMacなのだが、未だに使っていることに驚かされる。決して本作の舞台が2000年代初頭ってわけではありません。他の登場人物はしっかりスマホを使っていたりします。

また、本作最大の滑稽さは、ハンドルがゲームセンターに届いたことに対し、おじさんはなんも言及しないことだ。よく考えてみて欲しい。自分の知らない間に、eBayのオークションに参加させられて、200$で買える筈のハンドルを20,000$強で競り落とす。ゲームセンターのおじさんの元には、200万円以上するハンドルが送り届けられるのだ。差出人不明で。確かに、ラルフが勝手に金を稼いだお陰で、おじさんはタダ同然でハンドルを入手できたのだが、現実で起きたら恐怖以外の何者でもありません。

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