若おかみは小学生!(2018)
監督:高坂希太郎
出演:小林星蘭、水樹奈々、松田颯水、薬丸裕英etc
評価:75点
2003年から講談社青い鳥文庫から刊行されている令丈ヒロ子の人気児童小説『若おかみは小学生!』がテレビアニメ化!そして映画化した!
これらが決まった時から、ネットでは「懐かしい!」「これは観なくては!」と話題になっていました。ブンブンも普段はこの手のアニメは観ないのだが、ノスタルジー故に観に行きました。ただ、鑑賞後に気づいた。あさのあつこの『ほたる館物語』と勘違いしていました。だから、観ている間中「こんな作品だったっけ?」とモヤモヤし、また衝撃の展開の数々に阿鼻驚嘆した。しかし、とっても面白い作品でした。決して年間ベストテンに挙がるような作品ではないのだが、心に残る素敵な作品だった。ってことで、今日はネタバレありで魅力について語っていく。
『若おかみは小学生!』あらすじ
オッコ小学6年生。ヒョコんなことから、おばあちゃんの経営する老舗旅館に住み込むことになった。そんな彼女を待ち受けたのは、幽霊・ウリ坊。彼の口車に乗せられて、旅館の後継になるべく若女将修行をすることとなる…ジブリの後継者…ではなかった
フランスのアヌシー国際アニメーション映画で上映された為か、フランスの映画情報サイトallocineには各映画誌のレビューが掲載されていた。本作を鑑賞する前にカイエ・デュ・シネマの本作評を読んでみた。
Inconnu célèbre, Kitaro Kosaka est sans doute, à son corps défendant, l’un des héritiers les plus légitimes et les plus doués de l’ancien empire Ghibli.
ブンブン意訳:まだ知られていない巨匠、高坂希太郎は間違いなく、もっとも正当な後継者として、古代ジブリ帝国より才能のある一人だ。
確かに、高坂希太郎は『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』、『火垂るの墓』の原画担当でジブリ畑から出て来た人物だ。しかし、今のアニメ界ジブリの呪縛から解き放たれようとしているのではないか?寄稿者のStéphane du Mesnildotが日本映画に甘い評価をつけがちなこともあり、「安易にジブリの後継者と言わない方がいいぞ…」と思い、Twitterにも苦言を呈した。しかし、実は日本語に訳せないフランスのフレーズ《à son corps défendant》がどうやらジブリに抵抗する高坂希太郎像を描写していたのだ。《à son corps défendant》とは、1613年に提唱された「攻撃に対して防御する」という理論から派生した表現で、「自分自身を守るために攻撃する」という意味があります。つまり、この短評の意図は、ジブリ映画の後継者でありながらもジブリたる世界に歯向かった結果、ジブリ映画よりも才能のある作品になった。という意味だったのだ。カイエよ…見くびってすまない…。
さて、本作は、カイエが提示したようにジブリの呪縛から解き放たれようとしている作品だ。ジブリの呪縛からの脱却と言えば、ジブリから派生したアニメ会社スタジオポノックが『メアリと魔女の花』、『ちいさな英雄』を思い出す。また、新海誠がジブリたる世界観に感情の強烈な吐露を織り交ぜることで独自性を出し、呪縛から脱したことも思い出す。今回のジブリ映画から細田守映画、さらには『AKIRA』の制作まで渡り歩いた高坂希太郎は、見事なまでにジブリから脱して魅せた。強烈な作家性、そして潔い物語の切り捨てでもって、露天風呂プリンのような濃厚で味わい深い物語へと昇華させたのだ。
闇のあとの光が眩しい
何もあらすじを調べないで観たブンブンは、まず最初にショックを受けた。美しい神楽をおっこと両親は観る。両親は、将来おっこが神楽をやることを期待しているが、おっこには想像がつかない。まだ12年しか生きていないおっこにとって、あまりに高次元の話で想像ができないのだ。そんな彼女が将来、神楽を美しく踊る姿を観る者は容易に想像できる。そこが終着点なんだろうなと。そして、おばあちゃんが経営する老舗旅館へ向かう。ワクワク、闇の《や》の字も感じさせない車での会話が映し出される。しかし、次の瞬間、トラックが突っ込んで来て、車を破壊するのだ。そして、おっこは宙高く舞い、他の車の上にドスンと墜落する。…彼女の両親は他界してしまうのだ。
高坂希太郎監督は、眩しい陽光の視覚に鋭い刃を仕込む。小学生ならではの弾力、汚れなき陽気さの中に鋭利なナイフを忍び込ませた。こんなものはジブリには明らかにない。かといって細田守映画と比べると、あまりに《陽》の力が強いので、癖は少なく心にジーンと響くのだ。
ライバルキャラ秋野真月に注目
彼は、決してファンタジーに逃げることはしない。温泉観光地の人をしっかり描こうとしている。クラスメイトは夏休み、皆家業を手伝う。その大変さはしっかり描いている。またライバルの高級ホテル経営者の娘・秋野真月を単に、スネ夫の様な親の脛齧り無能として描くことはしない。寧ろ、高級ホテルの質を如何に維持するかを考え、学業に一切妥協しない。ピンクのフリルを来てド派手な格好なんだけれども、レストランの語源から《医食同源》について考えたり、またホテル前の緑地をライトアップする際には植物へのダメージを考慮してライトアップ時間を定めるなど完全にデキるキャリアウーマンとして描いているのだ。確かに高慢で前のめりなんだけれども、彼女からアパホテルの社長の面影を感じる。敏腕経営者としての素質を感じる。多分、原作もそうなんだろうけれども、単に悪役にしないところが素晴らしい。現に、このことについてはLe Monde誌が次の様に指摘し、賞賛している。
C’est dans ce registre réaliste et sensible, attentif aux enjeux des auberges traditionnelles (et à leur concurrence avec les hôtels de luxe), que le film trouve son véritable rythme de croisière et finit par toucher en plein coeur.
ブンブン意訳:本作には、現実的で敏感な記録がある。伝統的旅館の争点(そして豪華ホテルとの競争)に気を配りつつ、この映画は本当にのんびりとしたリズムで進み、終いには深い感銘を与えます。
そして、秋野真月を配置することで、おっこにとって目指すベクトルが強調され(もちろん、ピンクのフリフリを着飾るのは目指していない)、彼女の成長譚が心に響くものとなっている。
吉田玲子の脚本に注目
実は、本作で一番注目して欲しいのは、脚本家だ。なんと、吉田玲子なのだ。『映画けいおん!』や『映画 聲の形』、『リズと青い鳥』などで、山田尚子監督と一緒に怪作を産みまくっている鬼才だ。そんな彼女、つい最近『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』でグータラキッズと若おかみの出会いを魅力的に描いたばかり。そんな彼女が、今度は若おかみ目線で脚本を練った。この柔軟さにも驚かされるが、彼女の凄いところはエピソードの取捨選択能力だ。これは『映画 聲の形』にも通じることだが、彼女は120分以下、時に90分ぐらいの尺の中で原作にあった全ての話を拾うのは無理だと最初から理解している。それだけに、バッサバッサエピソードを切り捨てていき、物語の芯を伝えるために最低限必要なエピソードだけを抽出する。なので、物足りないと感じることもあることでしょう。特に本作の場合、突然おっこが成長し、神楽の練習を始める章に移る場面がある。ただ、この断絶はおっこが気づかぬうちに成長し、幽霊が見えなくなる様を強調する面で英断だ。本作のクライマックスが神楽であることは、映画をたくさん観ている人なら容易に察することが出来る。そしてその神楽が子どもから大人になる通過儀礼=イニシエーションとして機能している。通過儀礼のbefore/afterとして幽霊が機能しているため、本作には幽霊が段々見えなくなる描写が必要なのだ。吉田玲子は、一見乱雑そうに見えるエピソードの切り捨てでもって物語を強固なものにした。その上に高坂希太郎の強烈な作家性が乗る…これは絶品な訳だ。最後に…
本作は、原作未読でもテレビアニメ版を観ていなくても十分楽しめた作品だ。そして実写では、安っちく見えてしまうであろうファンタジー描写をアニメで描くことで、一つの目標に向かってひた走る少女たちのリアルな物語が浮かび上がってくる。本作を観たら、仕事頑張らなくては!と思わずにはいられない。初日のTOHOシネマズ海老名での動員は少なかったけれども、ヒットして欲しいなぁ。おっこちゃんも圧倒的に可愛く惚れ惚れとしてしまい、本当に大満足でした。今後の高坂希太郎の活躍に期待だ。
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