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“Ç”多和田葉子の母語へのこだわり「献灯使」書評②

“Ç”多和田葉子の母語へのこだわり「献灯使」書評②

多和田葉子の思想「エクソフォニー」に現る

献灯使
ここに多和田葉子の思想、
オリジナリティのある論が展開されている。
彼女の書いた「エクソフォニー 母語の外へ出る旅」で
彼女はドイツ語の「時差ボケ」という単語に語る。
ドイツ語には「時差ボケ」にあたる単語がないため、
英語から直輸入して使っているとのこと。
そのことに対し彼女は「『Zeitverschiebung(時差)』
というとても美しい言葉があるのだから~(中略)~それを上手く利用して、
『ずれの苦しみ』とか『ずれの痛み』とかいう
言葉を作ればよかったのに、
英語から直輸入した外来語を使うのは残念だ。(p131 13~16行目)」 と語っている。

戦時中は、外来語を差別として単純に排斥していたが、
現代における排斥は単なる単語の振り分けではなく、
まさに「洗練」という言葉がふさわしい。
差別的だと思う言葉を変えていく。
外来語を日本語に変えていくときに悩む余裕があるのである。
例えば、義郎が好きな犬を聞かれ、口ごもるようになるシーン。

演出のためにワインの銘柄やデザイナーの銘柄を答えなくなった彼、
しかし、そんな彼からは抑圧の哀しみは滲み出てこない。
彼自身満足している且つ、
言葉について論を展開、思考は抑圧されてないばかりか活発に動いているからだ。

タイトルの意味

日本はかつて、最新の技術や思想、
情勢を学びに遣唐使を送っていた。主人公
義郎の妻、鞠華は優秀な子供を選び出し、
使者として海外に送り出すプロジェクトに
おける使者選出審査委員の主要メンバーに選ばれる。

そして、選ばれたのは孫の無名。
病弱でジュースを飲むにも15分ぐらいかかるのだが、
幼少期から「欠け落ちた乳歯」を「落ちた入試」と
言い換える程に語彙が豊富且つ頭の回転が良かった為
小学校の時の担任夜那谷先生が無名を使者として任命する。
この使者を「献灯使」という。作中には上記のように
様々な単語の言い換えが出てくるが、
その度に必ず解説が入る。

しかし、「献灯使」に関しては全く由来を明かしていない。
対応する語を語っていない。広辞苑で「献灯」と調べると、
「社寺・神仏に灯明を奉納すること。
また、その灯明(注1)」と記述されている。

灯明とは「神仏に供える灯火(注2)」のことである。
あくまで私の推測ではあるが、
第三の鎖国によって、外来語が排斥された世界。
しかし、第二次世界大戦中のような時間的に
迫られた外来語排斥ではないため、
じっくりと母語と向き合うことができた。

その結果、如何に外国の名を使わずに使者を
命名するかを考えた時に、「神に仕える者」としての
位置づけをすることで母語を慮る翻訳が思いついたのだろう。
これは唐に遣わす使者という意味の
「遣唐使」よりも洗練された命名と言えよう。
そして、この発想は
『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』
で多和田葉子が翻訳、言語に対する執着によるものだと言える。

家族の思い

私は二度この小説を読み返し、
最初は独特な言葉回しと、
難解なストーリーテリングに困惑した。
登場人物の構成も、身近にある構成ではないため理解に苦しむ。

しかし、2度目以降、徐々に家族構成が明らかになる。
まず、主人公義郎には妻の鞠華、娘の天南、孫の飛藻がいる。
飛藻はある女性と結婚し子ども
(義郎によって無名と名付けられる)を授かるが、
出産と共に母親は亡くなってしまう。
飛藻は重度の依存症を患っており、妻が亡くなると施設に入る。

そして、この物語における「現在進行形」の話は義郎と無名、
つまり曾おじいさんとその曾孫が相互に立場を変えて
展開する構成になっている。
義郎としては、事の顛末を知っているが故に
曾孫にたくましく生きて欲しいと思いを託す一方、
どこまで真実を語ればいいのかを悩む。

一方、無名は言葉を知っているのに
使えない世の中、不都合な人生に悶々とする。

多和田葉子は言葉の綾でもって、
如何にして後生に3.11の凄惨で直視しがたい
事実を伝えていくかの一つの考え方を、
過剰な世界観、いわばファンタジーに
置き換えることで説教臭さなしに
提唱したと考えられる。
よく、英語ができるようになるかどうかは
自国語でしっかり物事を話せるかどうかに
よると聞くが、
まさに『遣唐使』では「突然変異」を
「環境同化」(p14 3~4行目)というように変換する、
オブラートに包む表現が沢山提示されている。
故に、『献灯使』に出てくる特有の
表現に疑問を抱き、自問自答しながら読むことが、
この小説を理解する、多和田葉子の3.11論の深意に迫る一歩と言えよう。

※注
  注1)『広辞苑 第六版』「献灯」の項目より引用
  注2) 『広辞苑 第六版』「灯明」の項目より引用

※参考資料
  ・多和田葉子著『献灯使』、講談社、2014年
  ・多和田葉子著『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』、岩波書店、2012年
  ・『広辞苑 第六版』、岩波書店、2008年

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