『デッドマンズ・ワイヤー』メディアの内側の革命

デッドマンズ・ワイヤー(2026)
Dead Man’s Wire

監督:ガス・ヴァン・サント
出演:ビル・スカルスガルド、デイカー・モンゴメリー、ケイリー・エルウィズetc

評価:70点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

ガス・ヴァン・サント久しぶりの新作『デッドマンズ・ワイヤー』が公開された。ガス・ヴァン・サントはタル・ベーラに影響を受けた『エレファント』周辺の時代が終わって以降パッとしない映画を作っているイメージがあったのだが、最新作はヴェネツィア国際映画祭の時から評判が高い。とはいえ、Xで映画会社の新入社員がガス・ヴァン・サントを全然知らなかった記事が炎上しているが、ガス・ヴァン・サントを今の20代が積極的に観るかは、そもそも知っているかは微妙だし、本作を観た上でガス・ヴァン・サントの輪郭を捉えようとするのも困難だろう。おまけに、本作は70年代のサスペンスを意識し俗っぽい作りになっているが、映画の中で展開されるっ作劇のアプローチはかなり取っつきにくさがあるため、本作を任された新入社員はさぞかし苦労しただろうと思った。意外にも映画館は満席近くまで埋まっていたので少し成功しているようではある。

『デッドマンズ・ワイヤー』あらすじ

「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」「ミルク」「エレファント」などで知られる名匠ガス・バン・サントが、1977年にアメリカ・インディアナポリスで発生した実際の事件をもとに描いたクライムスリラー。

不動産投資会社メリディアン・モーゲージ社に財産をだまし取られたと主張する男トニーは、同社に押し入り、社長の息子で同社役員のディックを人質に取る。トニーは自分と人質の首をショットガンとワイヤーで結びつけ、動けば発砲される仕組みの「デッドマンズ・ワイヤー」を用いて立てこもり、警察も手出しできない状況を作り出す。現場からメディア出演を行うなど異例の行動を続ける中、世論は彼を非難する声と同情する声に分かれていく。膠着状態を打開しようと警察が突入に備える中、ついにトニーと社長が電話で話すことになるが……。

実在した犯人トニー・キリシスを演じるのは、「IT イット」シリーズのビル・スカルスガルド。そのほか、人質となるディック役でデイカー・モンゴメリー、事件を追う刑事グレイブル役でケイリー・エルウィス、事件に巻き込まれるラジオDJ・フレッド役でコールマン・ドミンゴ、地元テレビ局レポーターのリンダ役でマイハラが共演。強引な手法で巨万の富を築いたメリディアン・モーゲージ社の社長M・L・ホールを名優アル・パチーノが演じる。音楽をダニー・エルフマンが担当。

映画.comより引用

メディアの内側の革命

本作は意外にも『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』と共鳴する内容となっていた。映画は『ネットワーク』や『チャイナ・シンドローム』をはじめとする70年代メディア論映画へ眼差しを向けながら、不動産投資会社の息子を人質に取り籠城する男トニー・キリシスを描く。トニーは神経質な性格でイキっているが隙だらけの人間。故に待合室での挙動の時点でバレるかバレないかの宙吊りのサスペンスが展開される。ガス・ヴァン・サントはユーモラスに、ショットガンをディックのつけている最中に窓に清掃のおじさんを映すギャグを挿入するも、映画自体はやがてシリアスにメディア論を描いていく。

『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』において、主であるアーサーに対して《ジョーカー》のイメージをマスコミが押し付け、彼のことを見ているようで何も見ていない様から孤独を表現した。本作はラジオやテレビ、妄想といった異なるメディアでもって層を形成しながら、事象の周辺に広がる雑さとその中心にある荒涼とした世界を掴もうとしている。実際にマスコミや警察は手柄や政治関係の中で事象を歪めた形で捉えていく。事象/事象を捉える者の綱引きの中で、真実が歪められていくような感覚が提示される。事象としてのトニーとディックの力学も単純な加害者/被害者でもストックホルム症候群でもない関係性が表現されており、父に社会に見捨てられて見世物になったディックはその屈辱を前に涙する。無敵の人になる前のトニーの心理と意外な形で共鳴していくのだ。

このように一見すると、通俗なサスペンスのように思えてメディアの力学を繊細に表現した作品といえよう。