お坊さまと鉄砲(2023)
The Monk and the Gun
監督:パオ・チョニン・ドルジ
出演:タンディン・ワンチュック、ケルサン・チョジェ、タンディン・ソナム、Deki Lhamo、Harry Einhorn etc
評価:80点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
長編デビュー作『ブータン 山の教室』でアカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされ、ブータン映画界に新風を吹かせたパオ・チョニン・ドルジ監督の新作『お坊さまと鉄砲』がようやく日本公開されたので観た。前作のような牧歌的で素朴ななワールドシネマを想像していたのだが、複雑な人間ドラマとすれ違いが織りなす修羅場映画となっていて驚かされた。
『お坊さまと鉄砲』あらすじ
長編監督デビュー作「ブータン 山の教室」で世界的に注目を集めたパオ・チョニン・ドルジが監督・脚本を手がけ、初めて選挙をすることになったブータンの小さな村で、変化を求められて戸惑う村人たちの姿を、温かいまなざしとひょうひょうとしたユーモアでつづったコメディドラマ。
2006年。長年にわたり国民に愛されてきた国王が退位し、民主化へと転換を図ることが決まったブータンで、選挙の実施を目指して模擬選挙が行われることに。周囲を山に囲まれたウラの村でその報せを聞いた高僧は、なぜか次の満月までに銃を用意するよう若い僧に指示し、若い僧は銃を探しに山を下りる。時を同じくして、アメリカからアンティークの銃コレクターが“幻の銃”を探しにやって来て、村全体を巻き込んで思いがけない騒動へと発展していく。
ちょっとダニエル・クレイグに憧れて
国王が権利を手放し新しい時代のために民主主義を実現しようとする。しかしながら、いきなり民主主義だ選挙だといわれても国民は混乱するだけなので、模擬選挙を行うこととなる。ブータンの田舎町では模擬選挙の準備が行われ、助っ人として都市部からも役人がやってくる。そんな中、高僧は「これは大変なこととなった。ちょっと満月の夜までに銃を入手ししてくれないか。」と部下にお願いをする。
こうして部下は銃を探す旅へと出かけるのだが、一方でアメリカ人もまた銃を探しにブータンの辺境へ潜入しており、偶然にも同じ銃を取り合うこととなる。坊さんとアメリカ人の車が並走し、絶妙なタイミングで入れ替わり銃の所有者が変わっていく。アメリカ人は何とかして坊さんから銃をもらおうと札束を魅せるも、馬の耳に念仏。高僧の言うことが絶対なので全く応じる様子がない。本質は「銃」だと、カタログをみせると、直前に『007 慰めの報酬』を観てダニエル・クレイグに惚れた坊さんが「AK-47」を指差し、「これ2丁と交換できる」と語る。しかし、このアメリカ人を追う警察の存在がチラついていた。
選挙と銃の取り合いを絡めることにより、バラバラだった市民が一か所に集まり、ある種の民主主義と平和がもたらされる脚本の巧さはもちろん、民主主義がない国でそれを実現しようとした際の思わぬ弊害を丁寧に描いていく様子に学びが多い。例えば、模擬選挙を行う場面で、分かりやすいように色で政党を判別するようにするのだが、不自然なほどに「黄色」の政党へ票が入る。不正かと疑うのだが、実際には国王のイメージカラーなため、無意識/意識的に「黄色」の政党を選んでしまうのだ。
また、手続きにおいて生年月日が分からない人が多すぎて対応に困る。追い返すも、選挙参加へのモチベーションを下げる要因へ繋がってしまう様など、リアルな人間心理が描かれており、選挙システムを構築する難しさが語られていたのがよかった。また、突然民主主義が謳われることで幸せだった関係性が崩れていく様も描かれており「民主主義は本当に正義なのか」と観客に問いかけられる場面では言葉にできないものを感じた。
パオ・チョニン・ドルジ監督のパワーアップした作劇に満足である。