『Chime』チャイム男によって内なる狂気が暴かれる

Chime(2023)

監督:黒沢清
出演:吉岡睦雄、小日向星一、天野はな、安井順平etc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

今年の黒沢清はキレッキレだ。『蛇の道』『CLOUD クラウド』と観て来たが、黒沢清苦手勢でもニッコリな程に面白い。さて、最後の中編映画『Chime』が公開された。本作はメディア配信プラットフォーム「Roadstead」のオリジナル作品第1弾として製作され、一般購入者が自由に再配布できる特殊な形での配給スタイルが取られていたのだが、菊川のミニシアターStrangerが配給し無事劇場公開が決まった。にじさんじライバーでびでび・でびる氏も8月の注目作品に本作を挙げていたのだが、実際に観てみるとやりたい放題の大傑作であった。

『Chime』あらすじ

「CURE キュア」「回路」「ドッペルゲンガー」などのサスペンス、ホラー作品でも知られる黒沢清監督が手がけたオリジナルの中編作品。あるチャイムの音をきっかけに、料理教室で講師を務める主人公の日常に異変が起こるさまを描く。

料理教室で講師として働いている松岡卓司。ある日のレッスン中に、生徒のひとりである田代一郎が「チャイムのような音で、誰かがメッセージを送ってきている」と不思議なことを言い出す。事務員のあいだでも田代は少し変わっていると言われているが、松岡は気にせず接していた。しかし別の日の教室で、田代は「自分の脳の半分は機械に入れ替えられていてる」と言い出し、それを証明するために驚きの行動に出る。これをきっかけに松岡の周囲で次々と異変が起こり始め……。

メディア配信プラットフォーム「Roadstead」のオリジナル作品第1弾として製作され、「Roadstead」で2024年4月12日からデジタル販売された。2024年8月から、東京のミニシアター「Stanger」の配給で劇場上映。

映画.comより引用

チャイム男によって内なる狂気が暴かれる

カメラが上から下にくだる。すると料理教室の風景が映り込むのだが、画を遮るようにモニタの背面が映り込み、そこにモスキートーんのようなノイズが紛れる。すでに違和感を抱くのだが、牧歌的に思えた料理教室自体がおかしいことに気づく。ひとりだけ男がぽつんと作業しているブースがあり、松岡卓司(吉岡睦雄)が「塩入れすぎですよ」と声をかけるところから既にその男がヤバい人であることが分かる。しかしながら、映画を観ていくと、この料理教室の先生自体もおかしなことに気づかされる。男が執拗に玉ねぎを刻む。それを通常の風景のように先生が流すのだ。

「聞こえますか?俺にはチャイムの音が聞こえるんだ。」

そんな発言も、サッと手を耳にやり

「聞こえませんね」

と受け流す異様さがある。

彼にとって料理教室はただの作業なのである。そしてフランス料理店の転職に関心が向いているのだ。ただ、この面接シーンの断片から先生のサイコパス性がうかがえる。他の客もいるのに大声で自慢げに自分を語る。都合の悪いツッコミに対しては誤魔化す。落ちるのも明白な面接が展開されているのである。

家庭も恵まれた中産階級の日常を映しているようで、機能不全となった家族像が浮かび上がる。カメラがパンすると缶の山がキッチンに見え、食事中なのに妻が片付け始める。そうこうしているうちに事件が発生し、先生が料理の裏に隠していた凶暴性が夢ではなく現実のものとして露わとなる。

本作は、仕事(=料理)を通じて秘匿されていた内面の凶暴性が、凶悪な事件によってひっぺはがされ、内面のサイコパスが独り歩きする様子が描かれている。その上で重要となってくるのが「音」であり、モスキートーンのような聞こえる人/聞こえない人が明確に分かれる音を通じて異界の外側/内側を捉えていき、終盤にて静寂と轟音を対比させることで、戻れない世界に迷い込んでしまったことを示唆しているといえよう。黒沢清監督の良いところは戻れなくなった悪を粛正するところで終わらせず、修羅場の中にある一抹の安堵の瞬間で止めるところにあると思う。『CLOUD クラウド』が傑作なのも、二重螺旋のフィルムノワールでありながら、悪を滅ぼさず、残された悪がその世界を彷徨う形に着地させているところにある。

また、Stranger上映後には黒沢清監督と吉岡睦雄のQ&Aがあったのだが、これがまた面白い。初めて黒沢清監督のトークを聞いたのだが、本編の話だけをしてくれるし、観客からの質問を正面から受けてくれる。東京国際映画祭でのQ&Aがあまりちゃんとした回答を得られないだけにありがたい。

面白かったエピソードがいくつかある。ポスターヴィジュアルにもなっている橋を走る場面。このシーンを撮るために参考にしたのが『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』終盤でモンスターと戦闘する際のマーゴット・ロビーの走り方だったとのこと。

また、物騒過ぎる内容にもかかわらず貸してくれる料理教室を中野周辺で見つけたらしい。そして、血糊を拭く手間を減らすため、アクリル板の血糊シートを作成して、床に置いて撮影したとのこと。