アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家(2023)
Anselm
監督:ヴィム・ヴェンダース
評価:85点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
ヴィム・ヴェンダースという監督は真面目な顔して異質な映画監督である。劇映画よりも圧倒的にドキュメンタリーの方が面白い。そして、何故か3D映画史を語る上での特異点となっている。3D映画史にはいくつかのポイントがある2000~2010年代の3D新時代において、驚かす以外の手法としての3Dが模索された。ヴィム・ヴェンダースは『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』にて舞台という垣根を外した中でのパフォーマンスに対する没入として3Dを使用した。その後も3Dに可能性を感じたのか劇映画『誰のせいでもない』でも3Dを取り入れていた。さて、今回アンゼルム・キーファーのドキュメンタリーを3Dで作った。正直、字幕に関しては観辛いところがあったのだが、それはいったん置いておいて、3D映画史において革新的なことをやっている作品であったように思える。今回はそこについて語っていく。
『アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家』概要
ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダースが、戦後ドイツを代表する芸術家アンゼルム・キーファーの生涯と現在を追ったドキュメンタリー。
ヴェンダース監督と同じ1945年にドイツに生まれたアンゼルム・キーファーは、ナチスや戦争、神話を題材に、絵画、彫刻、建築など多彩な表現で作品を創造してきた。初期の創作活動では、ナチスの暗い歴史から目を背けようとする世論に反してナチス式の敬礼を揶揄する作品をつくるなどタブーに挑み、美術界から反発を受けながらも注目を集めた。71年からはフランスに拠点を移し、藁や生地を素材に歴史や哲学、詩、聖書の世界を創作。作品を通して戦後ドイツと「死」に向き合い、傷ついたものへの鎮魂を捧げ続けている。
ヴェンダース監督が2年の歳月をかけて完成させた本作は、3D&6Kで撮影を行い、絵画や建築が目の前に存在するかのような奥行きのある映像を表現している。アンゼルム・キーファー本人が出演するほか、再現ドラマとして息子ダニエル・キーファーが父の青年期を演じ、幼少期をヴェンダース監督の孫甥(兄弟姉妹の孫にあたる男性)アントン・ベンダースが演じる。
3Dは思索の時空間へ我々を誘う
大自然の中に廃墟が立ち並んでいる。カメラはぐるっとパンをしながらビニールハウスのような空間に入っていき、ドレスのような彫刻群を捉えていく。美術館へ行くと、彫刻や絵画の凹凸や質感の臨場感に圧倒され、書籍のような二次元空間では決して味わえぬ喜びを堪能できるわけだが、本作はその質感がダイレクトに伝わってくる。ドレスの首元から無数に生える枝、重厚感ある書物の彫刻の手触りが画面から飛び出してくるのである。そして、舞台は作品が所狭しと並ぶ倉庫へとシフトしていき、アンゼルム・キーファーが火で板をあぶり作品を完成させていく様子が眼前に飛び込んでいく。美術館での体験を拡張させるための映画として機能しているわけだが、映画は我々が想像しうる3Dの効果を易々と飛び越えていく。
過去のフッテージと現在のアンゼルムが生み出した空間をオーバーラップさせていき、幼少期のアンゼルムの再現を重ね合わせる。文書と抜粋を重ね合わせ、読み上げている部分の明度を明るくさせていく、層を形成しながらアンゼルムの思索に迫っていく。彼は語る
「宇宙の歴史でみれば、我々人間は水滴のようにちっぽけな存在だ。軽いのだ。」
彼は人間の軽さと歴史の重さを結び付けていき、作品へと投影させていく。螺旋階段から服を落とす。開けた空間の上方から梯子を垂らす。ポカンと開いた穴を見下ろし、見上げる。垂直方向の運動を捉えていく。同時に、芸術を樋下探求の果てしなさを、トンネルや奥に深い空間、穴の先に広がる異世界といった奥行ある映像で表現していく。その過程で、過去のフッテージに合成する形でアンゼルムが綱渡りをする場面が現れる。垂直方向と奥行方向の深さを同時に提示しており、これが彼の思索の深さを強調することとなっている。この表現に関しては3Dの特性を存分に発揮しているものとなっており、同じく綱渡り3D映画である『ザ・ウォーク』を超える複数のベクトルの同時現出に成功していた例といえよう。
映画は時間の芸術だといわれるが、アンゼルムの脳裏にて展開される形而上レベルにまで迫れた一本なのではないかと思っている。
※映画.comより画像引用