関心領域(2023)
The Zone of Interest
監督:ジョナサン・グレイザー
出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー、ラルフ・ハーフォースetc
評価:60点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門でグランプリ、第96回アカデミー賞で国際長編映画賞&音響賞の二冠に輝いたジョナサン・グレイザー新作『関心領域』。ホロコーストものとしては珍しく、邦題に「ナチス」や「ヒトラー」といった単語をつけないシンプルさに感心した。ジョナサン・グレイザーといえばジャンル映画を外してくるスタイルを得意とする監督である。『セクシー・ビースト』ではフィルム・ノワールを、『記憶の棘』ではテオレマものを、そして『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』ではSFの殻を被りながらユニークなアプローチを取っていた。『セクシー・ビースト』では、フィルム・ノワール的金の誘惑から逃れる物語となっていた。『記憶の棘』では、過去に囚われるメタファーとして少年が配置されており、宙吊りの状態で終わることにより過去を引き受けて生きることを強調していた。『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』では、人間のルッキズムに対して「皮を剥ぐ」行為から紐解いていた。今回は、ホロコースト映画にありがちな凄惨な描写を廃することで凄惨さを表現する演出が特徴となっている。先行上映で観てきたのでレビューをする。なお、本レビューはネタバレありである。
『関心領域』あらすじ
「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」のジョナサン・グレイザー監督がイギリスの作家マーティン・エイミスの小説を原案に手がけた作品で、2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門でグランプリ、第96回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞。ホロコーストや強制労働によりユダヤ人を中心に多くの人びとを死に至らしめたアウシュビッツ強制収容所の隣で平和な生活を送る一家の日々の営みを描く。
タイトルの「The Zone of Interest(関心領域)」は、第2次世界大戦中、ナチス親衛隊がポーランド・オシフィエンチム郊外にあるアウシュビッツ強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルの地域を表現するために使った言葉で、映画の中では強制収容所と壁一枚隔てた屋敷に住む収容所の所長とその家族の暮らしを描いていく。
カンヌ国際映画祭ではパルムドールに次ぐグランプリに輝き、第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞、音響賞の5部門にノミネートされ、国際長編映画賞と音響賞の2部門を受賞した。出演は「白いリボン」「ヒトラー暗殺、13分の誤算」のクリスティアン・フリーデル、主演作「落下の解剖学」が本作と同じ年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したサンドラ・ヒュラー。
意図的な関心領域圏外
ゴダールは『アワーミュージック』の中で、言葉は分断を生むのでイメージが重要だと語る一方で我々の想像力を掻き立てるために「空白」が必要と主張した。『関心領域』は長い黒画面の間から始まる。鳥の囀り、何者かの悲鳴のようなものが入り混じり、嫌でも「音」への関心を向けざる得ない。そして提示されるのはアウシュヴィッツ収容所隣の邸宅における日常。淡々とした生活の端々で、違和感が露見する。不自然に、衣服のフリーマーケットのようなものが始まる。子どもたちが川で遊んでいると、水が濁り始め、父親が狼狽。すぐさま帰宅し、全身をものすごい剣幕で洗う。牧歌的な生活に見えて、時折銃声や悲鳴のようなものが聞こえてくるのである。
登場人物は収容所内で起きている凄惨なことに無関心で、自分の生活に専念しているのだろうか?もちろん、その側面もあるが、意図的に関心領域県外へ凄惨さを追いやっている場面もある。それが顕著に現れるのは、終盤、おっさんが吐き気を抱きながら階段を降りていく場面。彼が暗がりに目をやると、現代のアウシュヴィッツへワープする。「歴史はお前を観ているぞ」と言わんばかりのショットが彼に嘔吐の気配を与えていくのである。明らかに意識的に意識外へと追いやろうとする反動がそこに描かれているのである。
また、劇中演出で暗視スコープを使ったシーンがある。これは『Il n’y aura plus de nuit』のように、暗視スコープをかますことで壁が生まれ、関心を向けつつも凄惨さの痛みが緩和されてしまう様を象徴した場面のように感じた。
一方で、本作は評判の割にはあまり切れ味がない作品のようにも思えた。理由はふたつある。
ひとつ目は、「音」の映画にもかかわらず手数が少なすぎることである。常に似たような銃声によって不安を煽る。この手数の少なさによる退屈さは『記憶の棘』に近いものがある。
ふたつ目に、「音」によって邸宅の外側に広がる凄惨さをイメージさせる演出がメインとなっているのだが、セリフで具体的な内容を語りすぎている点がある。『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』では、セリフを抑えてルッキズムの実態を描いていたのに対し、本作ではセリフで焼却炉の構造やヒトラーとの関係を言及してしまっているのだ。これにより、「音」による演出の効果が弱体化してしまっているように思えた。結局、想定の域を超えない作品といった印象であった。
P.S.先行上映で立田敦子の鼎談映像が20分近く流れたのだが、あまりにフワッとした感想すぎて退屈であった。恐らく、この手の鼎談は映画を観るかどうか迷っている人のためのものであろう。先行上映に来るような人にとっては無用のもので、せめて町山智浩の解説のように中身が詰まった情報を共有してほしかった。個人的に舞台挨拶や上映前トークはネタバレできない分、難易度が高い。そもそも劇場が暗くなった後に流すとは、観客が観ない選択肢を取れない状況なので、今回のようなダラダラとした会話をみせられるとゲンナリする。これもあって、良い映画体験ではなかった。IMAXではないのに重厚感ある音の圧力は凄まじかったけれども。
※映画.comより画像引用