『曽根崎心中(1981)』世にも珍しい人形浄瑠璃映画

曽根崎心中(1981)

監督:栗崎碧

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

国立映画アーカイブの特集「日本の女性映画人(2)――1970-1980年代」で『ねむの木の詩がきこえる』を観たついでに『曽根崎心中』を観た。てっきり増村保造の映画だと思っていたら、もう一本同名のタイトルの作品があり、しかも全編「文楽(=人形浄瑠璃)」だった。これが凄まじかった。

『曽根崎心中』あらすじ

人形浄瑠璃を映画化し、野外セットの中で文楽人形の演技を自由なアングルから捉えた。人間国宝を含む一流の人形遣いたちや、名撮影監督・宮川一夫や美術の内藤昭など旧大映のスタッフが参加。ベルリンをはじめ多くの海外映画祭で評価された。1950年代に芸名・南左斗子で大映作品に出演した栗崎碧は、1970年代から記録映画を監督し、古典芸能を題材とした劇映画第1作『黒髪』(1980)に続いて本作を手がけた。

国立映画アーカイブより引用

世にも珍しい人形浄瑠璃映画

人形浄瑠璃を映画として捉える際に、舞台の拡張として映画のフォーマットが使われるべきである。それを惜しみなく実践しているのが本作だ。神社を舞台に、男が小屋に入り女と親密な関係になる。そこへ代官が登場するのだが、カット割りで室内と、外を交差させる。このアングルは舞台では出せない。映画としてのカット割りを用いることでより人形に魂が吹き込まれ、人間らしさが生まれてくる。一方で、舞台としての利点も活かされており、例えば男が遊郭に潜入する場面。女の着物の下、絶妙な空間に身を潜める。観客は、空間全体の構図を知ること。それにより修羅場の宙吊り状態が効果的に表現される。さらにそこへカット割りを挿入し、階段から電気に手を伸ばそうとする女。絶妙に届かない状態から落下。再度、電気がつくまでに遊郭から脱出できるかのサスペンスが始まる。舞台としての全体像の提示により、火を起こす者を背に脱出を図ろうとする様子がスリリングに映し出される。そして、L字の空間を横移動させ、奥行きを持った感情高まる移動が表現されていく。人形浄瑠璃映画は実質初めてだったのだが、ここまで豊かに空間が捉えられているとは感動であった。こういう意外な出会いができるのが国立映画アーカイブの利点なのかもしれない。

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