『夕方のおともだち』SMという虚構的空間で幻滅する男の行き着く先は……

夕方のおともだち(2022)

監督:廣木隆一
出演:村上淳、菜葉菜、好井まさお、鮎川桃果、大西信満etc

評価:95点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

Amazon Prime Videoに廣木隆一の『夕方のおともだち』が来ていたので観た。彼は青春キラキラ映画を撮りつつ、主戦場の官能ドラマを手がけている。映画芸術界隈ではこの官能ドラマが評価されている傾向にあるが、個人的には通俗な映画の方が上手いように感じたりもする。どちらにせよ、当たり外れの落差が極端な監督で割と面白い監督だと思っている。今回観た『夕方のおともだち』は彼のフィルモグラフィーの中で最も優れた作品だと感じた。ブノワ・ジャコ『デザンシャンテ』をSMクラブの世界に置き換えた作品ともいえ、繊細な感情の起伏を運動に置換する。そこで生じるスリリングな駆け引きが魅力的であった。

『夕方のおともだち』あらすじ

過激な描写とメッセージ性の強い作風で支持を集める漫画家・山本直樹の同名コミックを、「さよなら歌舞伎町」「やわらかい生活」の廣木隆一監督が実写映画化したヒューマンラブストーリー。寝たきりの母親と暮らし、市の水道局に勤める真面目な男・ヨシダヨシオ。筋金入りの“ドM”である彼は、街で唯一のSMクラブの女王様・ミホのもとへ通い詰めているが、近頃なぜかプレイに身が入らずにいた。やがてヨシオは、その理由が、かつて彼をこの世界に目覚めさせた“伝説の女王様”ユキ子のせいだと気づき始める。ヨシオは突然姿を消した彼女のことが未だに忘れられず、いつも彼女の残像を追い求めながら暮らしていたのだ。そんなある日、ミホと釣りに出かけたヨシオは思いがけない場所でユキ子を見かけ、ミホを置き去りにして追いかけるが……。ヨシオを村上淳、ミホを菜葉菜が演じる。

映画.comより引用

SMという虚構的空間で幻滅する男の行き着く先は……

ヨシダヨシオは、同僚と酔った勢いでSMクラブに訪れて以降、常連客として通い詰めている。多くの人がSコースを選ぶのに対し、彼はMコースを愛し、女王様・ミホとの行為に励んでいる。しかしながら、最近はどうも調子が乗らず、雑談に明け暮れていた。

まず、本作ではSMクラブという虚構と母親の介護をしながら水道局で働く現実との境目を丁寧に描く。ヨシオの睾丸を針で刺す、血が滲みウワッと呻く。するとミホは、「あっごめんなさい、大丈夫ですか?」と女王様の仮面を脱ぎ、知人としてヨシオに歩み寄る。二人の行為は、ヨシオの幻滅によって中断される。この反復を通じてSMクラブが虚構の世界であることが強調されていく。つまり、SMクラブとは、SとMとが協働しながら世界観を紡ぎ上げていくもので、お金を払ったから世界が提供されるものではないのだ。一方で、虚構の世界での協働をおこなっているヨシオとミホは、店の外で親密な関係になる。夜道を歩く、居酒屋に入る。よりプライベートな内面が提示される。そこにも協働は生まれるが、既にSMの世界で協働活動を行っているので、突然虚構が混ざる。それは、居酒屋にてミホがヨシオの頭に水をかけ、ハッと我に返ったように謝罪する運動で提示される。

本作が興味深いのは、決してヨシオが女に弄ばれるだけの存在ではないことだ。ミホと共に夜道を歩く様子を横移動で収める。突如彼が「それじゃあ」と会話を断つように画面の奥へと去っていこうとし、彼女が少し驚く。ヨシオの衝動的なのか意図的なのか分からない、急速な動きによって心理的駆け引きの主導権は奪われるのである。これは彼女だけに留まらず、同僚の女にまで発展していく。

ブノワ・ジャコ『デザンシャンテ』において、ジュディット・ゴドレーシュ演じるベットが幻滅しながら3人の男を渡り歩くようにヨシオもまた、3人の女性の間を渡り歩く。ここで重要なのは、虚構と現実という構図の中で彼女たちのベクトルが全て異なっているところにある。

ミホはSMクラブという虚構から現実の側面を露わにしていく存在として描かれている。対して、同僚の女は一見すると「弱者に寄り添う存在」のように職場でSMクラブ通いのヨシオを嘲笑する男性社員に怒りを露わにする一方で「やはりこういうのは良くないと思います」と伝える。つまり現実から現実に留まる女性として描かれている。そしてヨシオの肉体が求めているかつての女王・ユキ子は今や選挙活動に精を出す現実に戻った姿として彼の前に現れる。現実から虚構へと呼び戻そうとヨシオはすがりつき、そして幻滅するのである。そして様々な幻滅を経験した彼は再び停滞した人生を動かし始める。美しい景色を背に、まさしく『デザンシャンテ』のラストそのものであった。

『デザンシャンテ』以上に、移動しながらの会話、行為と中断などといった運動を通じた心理的駆け引きが描かれており、その面白さが最後まで持続した。実に素晴らしい官能ドラマであった。

※映画.comより画像引用