『こんにちは、母さん』サラリーマンは下町に降り立った

こんにちは、母さん(2023)

監督:山田洋次
出演:吉永小百合、大泉洋、永野芽郁、寺尾聰、宮藤官九郎、田中泯etc

評価:70点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

2023/9/1(金)より山田洋次監督最新作『こんにちは、母さん』が公開される。劇作家・永井愛の戯曲の映画化となっており、『母べえ』『母と暮らせば』に引き続き吉永小百合が母を演じている。試写会にて一足早く観たのだが、これが意外な作品であった。

『こんにちは、母さん』あらすじ

山田洋次監督が吉永小百合を主演に迎え、現代の東京・下町に生きる家族が織りなす人間模様を描いた人情ドラマ。同じく山田監督と吉永主演の「母べえ」「母と暮らせば」に続く「母」3部作の3作目にあたり、劇作家・永井愛の戯曲「こんにちは、母さん」を映画化した。

大会社の人事部長である神崎昭夫は、職場では常に神経をすり減らし、家では妻との離婚問題や大学生の娘との関係に頭を抱える日々を送っていた。そんなある日、母・福江が暮らす下町の実家を久々に訪れた彼は、母の様子が変化していることに気づく。いつも割烹着を着ていた母は艶やかなファッションに身を包み、恋愛までしている様子。実家にも自分の居場所がなく戸惑う昭夫だったが、下町の住民たちの温かさや今までとは違う母との出会いを通し、自分が見失っていたものに気づいていく。

母・福江を吉永、息子・昭夫を大泉洋が演じ、永野芽郁、寺尾聰、宮藤官九郎、田中泯、YOUが共演。

映画.comより引用

サラリーマンは下町に降り立った

山田洋次監督といえば、『男をつらいよ』シリーズを始め下町市井の人に歩み寄った作品を多数を作っている。そんな彼が、今回高層ビルで働くサラリーマンにフォーカスを当てている。人事部長として早期退職者の処理を行なっている神崎昭夫(大泉洋)が、実家に帰ると母がホームレス支援のボランティアをしていて、どうやら牧師に恋をしていることが分かるといったもの。サラリーマンを扱った作品として『男はつらいよ 真実一路』がある。あの作品は寅さんが病める証券マンに手を差し伸べる話であった。しかし、本作ではサラリーマン自らが下町に降り立つのである。高層ビルの窮屈な空気感と高層マンションの空虚さに対して、隣人がズカズカ家に入ってきてコミュニティが形成されていく場が配置され、そこを往復することで神崎昭夫は行き詰まった人生に活路を見出そうとする。さらに、地上には戦争を経験したホームレスがいて、土地の記憶や歴史を彼に伝えていく。つまり、本作は数字と書類しか見てこなかった者が下界に降り立ち、生の声に触れることでどう生きるべきかを示した作品となっており、それを肉付けするための空間利用が冴え渡っているのだ。

理論的な映画ではあるものの、ゆとりのある作りをしており、福江(吉永小百合)を取り巻く個性的なキャラクターのゆるい掛け合いや、山田洋次流デデドン(絶望)SEの滑稽さが寅さん時代の古き良き娯楽映画の質感を保っている。『家族はつらいよ』シリーズは寅さんの面影から逃れられなかったように見えるが、本作はそこから脱却しようとする気概に溢れており、成功していたといえよう。

※映画.comより画像引用

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