【A24】『空はどこにでも』逃げちゃお、逃げちゃお、逃げちゃお、逃げちゃお

空はどこにでも(2022)
The Sky Is Everywhere

監督:ジョセフィン・デッカー
出演:チェリー・ジョーンズ、ジェイソン・シーゲル、ピコ・アレクサンダー、グレイス・カウフマン、ジャック・コリモンetc

評価:50点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

先日、YouTube配信をしている時に『空はどこにでも』を観ているか?と訊かれた。Apple TV+周りを追えていなかったのだが、A24×ジョセフィン・デッカーのタッグだったので、触れる必要性を感じて鑑賞した。正直、最近のA24映画が抱える演出のための演出になってしまっているような作品に感じた。一方で、本作はジョセフィン・デッカー監督作の文脈で語る必要性がある。単に、ゴテゴテした映画で酷いと評価するより、『Madeline’s Madeline』と比較することにより、ジョセフィン・デッカー監督の方向性を見出した方が良さそうなのだ。ということで語っていく。

『空はどこにでも』あらすじ

A shy, teenage musician tries to keep things together in the aftermath of her older, more outgoing sister’s death.
訳:内気な10代のミュージシャンが、外向的な姉の死の余波を受け、物事をうまくまとめようとする。

IMDbより画像引用

逃げちゃお、逃げちゃお、逃げちゃお、逃げちゃお

音楽の才能を持つレニー・ウォーカー(グレイス・カウフマン)は、目の前で姉が突然死したことにより立ち直れなくなってしまう。そんな彼女の傷が癒えるまでのプロセスを追った作品であるが、演出が独特である。所狭しとエフェクトを画に施している。彼女の背後では、演劇の背景のようなものが浮いていたりする。彼女の悪夢を象徴するように、上から大量の家具が落下してきたりする。『Beau is Afraid』に負けんじと個性的な演出を足し合わせていくのだ。一方で、内容はアメリカのティーン向け青春ドラマをライトにしたような下地にレニーの不幸を重ねていくだけのものとなっており、物語の深みはない。不幸をゴリ押していくだけに見える。

だが、映画をよく観ていると、精神衰弱時に他者との対話を拒む状況を象徴させるように、彼女がとにかく走って走って逃げまくるのだ。例えば、首席を決めるための音楽対決をする場面がある。カーテンが締まり、演奏を吹くことになるのだが、オーディエンスには何も聴こえない。幕をオープンにすると、彼女はいない。窓にカメラをパンさせると、彼女が走っている様子が捉えられる。

この逃げる運動はまさしく『Madeline’s Madeline』の発展系だ。『Madeline’s Madeline』のでは、演劇に熱中する少女がそれをよしとしない母から逃げるように演劇という虚構に没入していく作品だ。ジョセフィン・デッカー監督はその後、『Shirley』という映画で家という舞台装置を使った「逃げられない」物語を描いている。それを踏まえて『空はどこにでも』を観ると、逃避するものの逃げられない現実とどのように折り合いをつけていくのかをやろうとしているように観えてくる。なるほど、この映画は線で観る必要があるなと感じたのであった。