『THE FIRST SLAM DUNK』早い、遅い、停止した幾多の時が集まる、コートへと

THE FIRST SLAM DUNK(2022)

監督:井上雄彦
出演:仲村宗悟、笠間淳、神尾晋一郎、木村昴、三宅健太etc

評価:95点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

先日、映画関係の飲み会でスラムダンクの映画『THE FIRST SLAM DUNK』をオススメされた。年末で忙しいこと、公開前に炎上していたこと、そして何よりも自分が高校生の時にマンガ1巻で挫折したこともあり観る予定はなかったのだが、熱烈なプレゼンに負けて観ることにした。結論から言おう、その方に感謝しかない。年末に公開される人気漫画の映画は、登場人物がA to Zペラペラと心情を語る傾向があり、視覚的メディアであるにもかかわらず、画で語らりたがらない問題を抱えている。しかし、本作は違った。スラムダンクのことなど全く知らない人ほど、特に映画ファンが観ると、滅多に遭遇することのできない熱量と確かな演出を備えた娯楽対策であった。今回は、熱量高めに書いていく。

『THE FIRST SLAM DUNK』あらすじ

1990年から96年まで「週刊少年ジャンプ」で連載され、現在に至るまで絶大な人気を誇る名作バスケットボール漫画「SLAM DUNK」を新たにアニメーション映画化。原作者の井上雄彦が監督・脚本を手がけ、高校バスケ部を舞台に選手たちの成長を描き出す。

湘北高校バスケ部メンバーの声優には、宮城リョータ役に「ブルーロック」の仲村宗悟、三井寿役に「ガンダムビルドダイバーズ」の笠間淳、流川楓役に「ヒプノシスマイク」の神尾晋一郎、桜木花道役に「ドラえもん」の木村昴、赤木剛憲役に「僕のヒーローアカデミア」の三宅健太を起用。1990年代のテレビアニメ版も手がけた東映アニメーションと、「あかねさす少女」のダンデライオンアニメーションスタジオがアニメーション制作を手がける。

ロックバンドの「The Birthday」がオープニング主題歌、「10-FEET」がエンディング主題歌を務め、作曲家・音楽プロデューサーの武部聡志と「10-FEET」のTAKUMAが音楽を担当。

映画.comより引用

早い、遅い、停止した幾多の時が集まる、コートへと

家に帰る。翳りある空間、壁に向かって母親と思しき人が崩れたように座っている。次に、遺影が映る。これだけで死を表現することができる。次に、かけがえのない兄との1on1が描かれる。決定的シュートを捉えることはない。おそらく、弟は負けたのだろう。兄は船で仲間と釣りに出かける。そこに死の予感が漂い、それは実現する。漫画のラフが描かれる。それがアニメとして次々と動き出し、やがて色彩をもって運命のコートへと導かれる。このシークエンスをもって本作は「過去を背負う者同士の熱き戦いを描く」ことを宣言する。

『THE FIRST SLAM DUNK』はチンピラ集団・湘北高校がインターハイ三連覇を達成した強豪・山王工業高校に挑む試合を描いている。試合と交差するように登場人物の過去が交錯するのだが、この魅せ方が巧みである。まず、注目すべきは群れの描き分けである。コート内では、選手、ベンチ、観客の顔を明確に描き分けている。フォーカスを当てる人物の輪郭は細部まで描きこむ。その輪郭を強調するために群衆をのっぺらぼうのように描く、ベンチは少しラフに描く。しかし、群衆やベンチの人々はモブキャラとしてその他大勢の存在として押し込む訳ではない。まるでフレデリック・ワイズマンの映画のように、時折客席を詳細に描く。

例えば、親に連れられて来たのだろう少年の存在に我々は気づくだろう。いやいや連れて来られたのか、彼は携帯ゲーム機に夢中となっている。しかし、桜木花道が劣勢となっているチームの士気を高めていき、どんどんコートの熱気が上昇していくと、少年はやがてバスケットボールに関心を示すようになる。コーチの安西光義は冷静沈着、桜木の絡みも包み込むようにして指示を出していく。しかし、そんな彼にもある欲望と、その欲望に従ってしまうことで起きてしまうであろう後悔との狭間で葛藤し、ついにポロッと弱さを吐くのだ。

また、コートでは中盤まで湘北高校・宮城リョータにフォーカスがあたり、彼の多重に入り込んだ回想が紡がれていく。しかし、ある時からぬるっと沢北栄治の存在が強調される。原作を読んでいたら、あの沢北栄治だと認識するだろう。しかし、初見な私にとっては突然、ボスキャラのような存在が現れたように感じる。コートにいたはずなのに認知できていなかったのだ。そして、沢北の回想も入念に描かれる。通常、バスケマシンな彼に恐怖を纏わせるため、過去を描くことはしないだろう。しかし、コートには幾重もの過去や想いを背負った者が集まり、人生を変えてしまう試合が行われる。敵である沢北も人間だ。彼にもドラマはあると、過去に歩み寄るのだ。つまり、選手、ベンチ、群衆、そして保護者の過去をモザイク状に集めていくことにより、スポーツと人間との関係の本質を見出そうとする物語に仕上がっているのである。

『THE FIRST SLAM DUNK』の時間演出についてもう少し、掘り下げていこう。回想シーンでは、入れ子構図のように、次々と回想を繋ぎ合わせて複雑な構造を生み出していく。一方、試合ではスローモーションと早回しを手にボールが吸い付くようなリズムで畳み掛ける。一つの映画の中で、多種多様な時間の流れが生まれ、それはまさしくバスケットボールの動きを象徴させている。また、選手の視点から見た速すぎる眼差しを通じた戦略を擬似体験させることとなる。例えば、湘北高校が攻めようとしたときに、無数の白い巨体が奥行き持って立ち塞がり、どうにも突破できそうにない姿を捉える。これは、実写で見ることが困難な風景、選手しか見られない光景であろう。さらに、選手の焦燥を増長させる装置として電光掲示板が有効活用されている。電光掲示板に表示される点差、迫り来るタイムリミットは、中盤に差し掛かると絶望を醸し出す。点数を盛り返していくと、これが希望の光へと姿を帰る。が、その希望の光をへし折っていく山王工業高校。そこでも、電光掲示板を効果的に使っており、残り数十秒の値が観る者をゾッとさせるのだ。『ひとりぼっちの青春』以来の凄まじい電光掲示板の使い方であろう。

これは2022年年間ベストの追い込みにオススメしたい作品であった。

※映画.comより画像引用