リングワ・フランカ(2019)
Lingua Franca
監督:イザベル・サンドオーヴァル
出演:イザベル・サンドオーヴァル、エイモン・ファーレン、リン・コーエン、レヴ・ゴーン、シャイロー・ヴェリコ、Ari Barkan etc
評価:80点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
12/10(金)に菊川にできたミニシアターStrangerで企画「Gucchi’s Free School × DVD&動画配信でーた 現代未公開映画特集!」が行われる。この企画では、日本未公開映画クラスタの間で話題となっていたイザベル・サンドオーヴァル『リングワ・フランカ』が上映される。今回はムービーウォーカーさんのご厚意で一足早く拝見したので感想を書いていく。
『リングワ・フランカ』あらすじ
主人公のオリビアは、アメリカの永住権を手に入れるために、ある男性との結婚を予定しているフィリピン系移民。しかし彼女はトランス女性であり、パスポート上の名前も性別も異なるため、結婚や永住権獲得には一層の困難がつきまとう。ある日、彼女が住み込みで介護をしているロシア系の老婆オルガの元に孫のアレックスが帰ってくる。彼女とアレックスは次第に親密になっていく。トランプ政権下の移民政策が移民の人々の生活に不穏な影を落としている現代アメリカを背景に、一人のトランス女性の願いや苦しみを丁寧に映し出していく。
監督兼主演のイザベル・サンドバルもまたオリビアと同じくフィリピン系アメリカ人で、トランス女性であり、本作で高い評価を得た後、ファッション・ブランド「miu miu」の短編企画の監督に起用されるなど、活躍の場を広げている。
※Strangerサイトより引用
わたしは影、陽にあたりたくてもダメなんだ
我々が街を歩いていると様々な移民の姿を見つける。しかし、暗い顔をしてコンビニでバイトをしていたり、翳りある団地をトボトボ歩いていたりする。マイノリティとして影に追いやられてしまっているように感じる。『リングワ・フランカ』はそんな移民の翳りを空間レベルから掘り下げていく作品だ。特徴として、とにかく画面が暗いことが挙げられる。部屋の中に陽光が差し込んでいてもオリビア(イザベル・サンドオーヴァル)の顔だけ影が覆いかぶさったかのように視認し辛いものがある。オリビアが明るい街中へと出てもそれは変わらない。駅のホームでは彼女が影なる存在として映し出され、通りを曲がると警察がいる。影なる存在として逃げなければならないのだ。
彼女は問題を抱えている。トランス女性であり、名前も性別も異なる影響で永住権の取得が困難となっているのだ。家族から仕送りの要求もあり、フラストレーションを抱えつつも、孤独にそれを飲み込まないといけない。友人から結婚を勧められる。結婚をすれば、永住権の取得が簡単になるとのこと。彼女の前にアレックス(エイモン・ファーレン)という男が現れる。彼は、仕事場で問題を引き起こし、お婆さんの介護も上手くできないような不器用男だ。そんな彼と親密な関係になる。
タイトルの「リングワ・フランカ(Lingua franca)」は《共通語》を意味する。オリビアとアレックスは「孤独」という共通言語で会話する。それはギコチナイ。不器用なアレックスは彼女に対して「正規移民になれば?」と言う。彼の投げかける言葉に対して、彼女は軽く背を向け応答しない。正規移民になれるものならとっくになっているはずである。できないから困っている。「しまった!」と思った彼は絞り出すように「つまり どうやったらなれるんだ?」と返す。時として傷つけあいながら、社会の影として生きる者たちが歩み寄る。そんな《共通語》に踏み込んだ本作は、我々が知っているようで知らない世界を魅せてくれた。
監督のイザベル・サンドオーヴァルはMiu Miuが女性監督とコラボして短編映画を作る企画で『Shangri-La』を作っている。本作は、1850~1948年までカリフォルニア州に存在した異人種間混交防止法の説明を冒頭に入れ、フィリピン移民女性の渇望を描いている。脳内だけは聖域であり、異なる国籍の男と夜を彩る花火の中交わることができる。だが、脳内のヴィジョンは曖昧だったりする。映画で具体的に描くことで、異人種間混交防止法により抑圧された女性の恋情を浮き彫りにさせる作品に仕上がっている。ここでは、部屋の中の翳りと対照的に脳裏のヴィジョンはドンドンと明るく鮮明なものになっていく。イザベル・サンドオーヴァル監督の抑圧された者を捉えるアプローチは鋭く、今後、三大映画祭のコンペティション部門で輝く監督なのではないだろうか。大注目である。
※MUBIより画像引用