『スペンサー ダイアナの決意』「あるべき姿」のドレスに縛られて

スペンサー ダイアナの決意(2021)
Spencer

監督:パブロ・ラライン
出演:クリステン・スチュワート、ジャック・ファーシング、ティモシー・スポール、サリー・ホーキンス、ショーン・ハリス、エイミー・マンソン、リヒャルト・サメル、オルガ・ヘルシングetc

評価:80点



おはようございます、チェ・ブンブンです。

パブロ・ララインの新作『スペンサー ダイアナの決意』は映画館で観ようと1年待ちようやく鑑賞した。てっきり、よくある伝記映画かなとは思っていたのだが、蓋を開けてみたら『Swallow スワロウ』と『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』を足して、「あるべき姿」という名のドレスに押し込まれた人の叫びとささやきを鋭く描いており、想像以上に良かった。

『スペンサー ダイアナの決意』あらすじ

クリステン・スチュワートがダイアナ元皇太子妃を演じ、第94回アカデミー賞で主演女優賞に初ノミネートを果たした伝記ドラマ。ダイアナがその後の人生を変える決断をしたといわれる、1991年のクリスマス休暇を描いた。

1991年のクリスマス。ダイアナ妃とチャールズ皇太子の夫婦関係は冷え切り、世間では不倫や離婚の噂が飛び交っていた。しかしエリザベス女王の私邸サンドリンガム・ハウスに集まった王族たちは、ダイアナ以外の誰もが平穏を装い、何事もなかったかのように過ごしている。息子たちと過ごす時間を除いて、ダイアナが自分らしくいられる時間はどこにもなく、ディナー時も礼拝時も常に誰かに見られ、彼女の精神は限界に達していた。追い詰められたダイアナは故郷サンドリンガムで、その後の人生を変える重大な決断をする。

監督は「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」のパブロ・ラライン。

映画.comより引用

「あるべき姿」のドレスに縛られて

ダイアナ妃は「時制は3つあるが、ここには『未来』はない」と言う。伝統に従い、着る服を指定される。外に出れば無数のマスコミがカメラを向けている。少しでも「王妃」から外れた行為をすれば批判されるであろう。内部では彼女の行動を監視するため、これまた人が配置されており自由はない。もはや個人ではなく、信仰の対象となってしまった彼女にとって、未来は存在せず、蓄積された過去と、それを再現する現在しか残されていないのだ。

個人として見做されず、「あるべき姿」というドレスに押し込められる。煌びやかな衣装と裏腹に、彼女は吐き気に襲われる。そして想像の中で、異物を飲み込んだり、自殺を試みる。しかし、結局のところ、ドレス(=あるべき姿)を汚さないように装うすることしかできず、精神が汚染されていく。「あるべき姿」に支配されている者にとって、逃亡も死も許されず、未来も見出せない。そんな絶望を、幽霊のように立ち監視する内部の人間と獣のように彼女を舐めるように撮る外部の人間、汚れひとつ許されないような豪邸とダイアナ妃との対比を通じて紡ぎ出す。

そのため、綺麗な映像なのに、観ている私も気持ち悪くなった。それだけに、ラストの着地のカタルシスに涙したのであった。
※映画.comより画像引用