クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立(1970)
CRIMES OF THE FUTURE
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ロナルド・モロジック、ジョン・リドルト、タニア・ゾルティ、J・メシンガーetc
評価:95点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
第75回カンヌ国際映画祭にデヴィッド・クローネンバーグ新作『CRIMES OF THE FUTURE』が出品される。なんと、彼の監督2作目とタイトルが同じなのだ。先日発売された『ファイヤーボール』のブルーレイに特典映像として1970年版の『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』が付属されていたので観た。恐らく、今回の新作の予告編がなければよく分からない映画だっただろう。しかし、予告編を観た上で本作に挑むと、50年以上先の映画を予言した代物であり、その間のクローネンバーグの原点ともいえる作品であった。ということで感想を書いていく。
『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』あらすじ
時は近未来、『紅の病』と呼ばれる、化粧品が原因の伝染病が世界に蔓延し、社会は荒廃の様相を呈してきていた。気違いと呼ばれる皮膚学者アントニー・ルージュはある日、この病は特に思春期の少女に悪性のものが出来ることをつきとめる。そして患者の体内から流れ出す分泌物は、次第に魅力的なものに変化し、人々はそれに引き寄せられていくのだった。やがてルージュが死に、彼の元弟子であるエイドリアンがこの寂れ果てた病院を訪ねた。そして彼は調査をしてゆくうちにこの病気がさまざまな団体の巣窟であることを知るのだった。
※MOVIE WALKERより引用
機能なき完璧な臓器
ルージュ病が蔓延する世界にエイドリアンがやってくる。彼は館の謎を調べに来た。黒い液体を吐き、体から白い泡を吹き出す現象を見つめ、同僚が機能なき完璧な臓器に取り憑かれる様子を客観的に観察、分析する。そんな中、突然現れた男に患者が殺される。狼狽するエイドリアンの元にエラのような足を持つ男が現れカードのようなものを落とす。それをきっかけに、同僚が形而上学に取り憑かれた道へと誘われていく。クローネンバーグは初期作から、肉体的変容を哲学と結び付けていた。思いついたアイデアを荒く結合した代物で、かつ哲学概念を剥き出しで使ってくるので分かりにくさはあれども、『イグジステンズ』や『危険なメソッド』、『コズモポリス』の原点となる要素が垣間見え、また新作『CRIMES OF THE FUTURE』のガジェットに近いものを観測できる。クローネンバーグ映画好きにとって嬉しい描写が多い。
そして、何よりもクローネンバーグほど形而上の理論を物語に投影し、未来の心理を掴もうと執着した監督はいないだろうと思う。例えば、死んだ皮膚学者アントワン・ルージュの言葉を引用する場面。「病で何十万人もの女性が死んだが、自分はこの病では死なないだろう。」と彼は言った。これは病が蔓延し、異常な状況に陥ると人々は、その異常さを直視できず他人事に感じてしまう心理を物語っている。まさしく、自分はコロナで死なないだろうと思う感情に直結した理論がここにある。完璧な臓器を作っても単体では機能しない。逆に、人間の肉体と結合できれば機能を持つことから、肉体を変容させることで精神を殻から解放させることができる。それに伴い、肉体と精神の乖離が生じ、どこか目の前の事象が他人事に感じてしまう。これはまさしく、スマホで高解像度に世界の惨事が映し出されているし、自分はインターネットという仮想世界で別人になることにより、眼前が近くて遠い存在になる世界観に通じるであろう。
エイドリアンが、ルージュの真相を追ううちに、館の奇人のように変態性を顕にしていく。突然銃撃戦が始まってもそれは本物だと感じる。まるで夢の中ではどんなに異常なことも受け入れてしまうように、肉体と精神が乖離した仮想世界の中でエイドリアンはもう戻れなくなってしまうのである。序盤に提示された臓器を入れ替える話は、事象を観察し、自己に取り入れていく中で寄生し、その異常を普通と見做すプロセスのメタファーであったのだ。
デヴィッド・クローネンバーグは、『裸のランチ』でノマドワーカー像を描き、『コズモポリス』で痛みを失う人間像を描き、何年か後に我々が安易に想像できる心理として現実に現れた。1970年に作られた『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』は2020年代の世界を象徴しているような作品であったが、それから50年後、パワーアップしたガジェット、クリーチャー描写でどう世界を哲学的に分析するのか楽しみである。
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※IMDbより引用