サン・セバスチャンへ、ようこそ(2020)
Rifkin’s Festival
監督:ウディ・アレン
出演:ジーナ・ガーション、クリストフ・ヴァルツ、ウォーレス・ショーン、エレナ・アナヤ、スティーヴ・グッテンバーグ、リチャード・カインド、ルイ・ガレルetc
評価:95点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
ウディ・アレンは『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』製作時に、性的虐待の疑いがかけられ、アマゾン・スタジオからアメリカでの上映を無期限延期され、その後の製作もキャンセルされてしまった。ウディ・アレンは映画を作れなくなってしまったのか?いつの間にか新作ができていた。その名も『Rifkin’s Festival』。サン・セバスティアン国際映画祭を舞台にした作品で、ウディ・アレンが2000~2010年代に得意とした観光映画を思わせる軽妙な映画だ。しかも『8 1/2』的、映画監督の俺様映画史映画となっていた。これが2022年ベスト候補になるぐらい素晴らしい作品だったので語っていく。
※2024/1/19(金)より邦題『サン・セバスチャンへ、ようこそ』公開決定
『Rifkin’s Festival』あらすじ
A married American couple go to the San Sebastian Festival and get caught up in the magic of the event, the beauty and charm of the city and the fantasy of movies.
訳:アメリカ人の夫婦がサン・セバスティアン・フェスティバルに行き、イベントの魔法、街の美しさと魅力、映画のファンタジーに夢中になる。
ぼくは、ゴダールやトリュフォー、ルルーシュが好きなんだ!聞いてくれよ!
映画評論家のモート・リフキン(ウォーレス・ショーン)は若い妻スー(ジーナ・ガーション)とサン・セバスティアン映画祭に訪れている。彼女は、フランスの映画監督であるフィリップ(ルイ・ガレル)とばっか話して相手にしてくれない。彼の戦争映画が映画祭で好評となっており、次回作では中東を舞台にした政治映画を撮ろうとしている。モートは、「彼がSF映画を撮ってくれるといいんだがね」とボヤき、退屈な社会派映画が安易に称賛される様子に不満を抱いている。構ってほしい彼のフラストレーションはドンドンと溜まっていき、スーとフィリップがハワード・ホークスやフランク・キャプラの話をしているのを割るように、ゴダールやトリュフォー、クロード・ルルーシュ の素晴らしさを語るが無視されてしまう。そんな彼は、町の中で自問自答しながらフェリーニ映画の景色を思い浮かべたり、夢の中に『市民ケーン』のワンシーンを召喚して退屈さを紛らわす。しかし、映画を愛し映画の世界に生きる限界シネフィルであるモートの「Mort(=死)」は迫りつつあった。彼の欲望を癒してくれる映画ですら悪夢のように彼を包み込み、仕舞いには映画が彼を拒絶し始めるのだ。
本作は、序盤こそ『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』の騒動を含めた映画業界に対するボヤきを垂れ流し、開き直ったかに見える。しかしながら、本作ほどシネフィルの有害性に向き合った映画はないだろう。モートが語る映画というのが、所詮単語レベルで薄っぺらいものであり、薄っぺらい映画業界のじゃれあいに薄っぺらい映画の単語を乗せてマウントに勝とうとしているだけの存在なのだ。
それを象徴するように、本作では『勝手にしやがれ』、『皆殺しの天使』、『野いちご』、『仮面/ペルソナ』、『第七の封印』のワンシーンを露骨に再現し、その中にモート・ラフキンを忍び込ませる演出がされている。なので、映画自体は観光映像に名作のワンシーンをパッチワークのように繋ぎ合わせただけとなっている。しかし、『クライ・マッチョ』のイーストウッドしかり映画に悟りを抱いた監督の薄味にはどこか惹きこまれる魅力がある。本作でウディ・アレンが再現する映画は、どれも唯一無二の存在であり、安易に真似をすると大火傷する作品だ。多くの映画監督は、骨格だけ抽出したり、オマージュとして隠し味的に再現したりするのだが、潔く正面から再現する。そして、サン・セバスティアンで撮りながらも、ベルイマンの映画は荒廃としたスウェーデンの香りを漂わせているし、『皆殺しの天使』では屋敷から出られない様子を、絵画のような整った画で再現される。いつも通り背の高い女性といちゃつきながらも、好きな映画に対する再現の気合い度はただならぬものがある。
人間は老いても安易に死ぬこともできない。老害として嘲笑され、無視されながらも前へ歩むしかない。映画にすら拒絶されるかもしれないそんな悪夢をコメディとして軽妙に描くウディ・アレンに好感を抱いた。アカデミー賞やカンヌ国際映画祭の社会派映画にしょっちゅうボヤいている私にとって身につまされる映画であった。これは一刻も早く日本で公開してほしいし、映画仲間同士で語り合いたい血が流れる傑作である。
ジョン・ウォーターズもきっと2022年の映画ベストに入れることでしょう。