【ネタバレ考察】『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』高橋渉の経済学入門

映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園(2021)

監督:髙橋渉
出演:小林由美子、ならはしみき、森川智之、こおろぎさとみ、仲里依紗、フワちゃん、松尾駿、長田庄平、広橋涼、村瀬歩etc

評価:85点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

Twitterでクレヨンしんちゃんの新作がやたらと評判が高い。ヴィジュアル的に、大晦日にやる「笑ってはいけない」シリーズの様な雰囲気がバリバリに染み出していて傑作という雰囲気ではないのだが、絶賛一色に染まっている。監督を確認したら、今回は髙橋渉監督回だった。なるほど傑作な訳だ。彼は、監督デビュー作『劇場版3D あたしンち 情熱のちょ~超能力♪ 母 大暴走!』でシンエイ動画が欲を出して不要と思われるアニメなのに、3D演出を盛り込んだせいで上映時間が43分とテレビ放送2回分レベルの尺となってしまう大惨事の中で、才能を得た者が承認欲求を満たせなかった際に如何にして暴走するかを映画の中で描いた。

その後、『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』で胸熱ヒーロー映画としてクレヨンしんちゃんを盛り上げた熱い歴史を持つ監督である。そんな彼の新作を観にいったのですが、これが凄まじい。子ども映画でありながら経済学、政治学について切り込み、トーマス・バッハの様なバケモノや日本の汚職が何故生まれるのかを「尻」でもって風刺してみせた。本記事ではネタバレありで『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』について書いていく。

『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』あらすじ

人気長寿アニメ「クレヨンしんちゃん」の劇場版29作目。シリーズで初めて学園ミステリーの要素を取り入れ、しんのすけたちが体験入学で訪れたエリート学校で、謎の怪事件に巻き込まれていく姿を描く。風間くんの誘いで全寮制の超エリート校「私立天下統一カスカベ学園」(通称:天カス学園)に1週間、体験入学することになったしんのすけたち。体験入学で良い成績を収めれば正式に入学できると聞いた風間くんは、みんなで一緒に天カス学園に入学することを夢見る。しかし、その風間くんが、お尻に奇妙な噛み跡をつけられた姿で倒れているところを発見される事件が発生。さらには、カスカベ防衛隊で一番のエリートのはずの風間くんが、目を覚ますとおバカになっていた。この事件を解決するため、しんのすけたちは、天カス学園の落ちこぼれ生徒会長・阿月チシオとともに「カスカベ探偵倶楽部」を結成。学園内に残されたメッセージと目撃証言から容疑者が浮かび上がるが……。監督は「クレヨンしんちゃん」のテレビシリーズや劇場版を多数手がける高橋渉。脚本も同じく「クレヨンしんちゃん」シリーズに多く関わる、うえのきみこ。

映画.comより引用

高橋渉の経済学入門

本作は、エリート学校「私立天下統一カスカベ学園」(通称:天カス学園)に設けられたポイント制度を通じて、現実の貨幣システムのバグを指摘している。天カス学園では、生徒の行いをポイント制度で評価している。良き行いをしたり、勉学を頑張るとドンドンポイントが付加されていき、品行方正なエリート生徒を輩出しようとしている。だが、少しでも言葉遣いが悪いと減点される。常にAIに監視され、喧嘩すらできない様な天カス学園はどこか共産主義国のディストピアな世界を彷彿とさせる。そして、このシステムは階級の断絶を引き起こす。ポイントが高い者は、豪勢なランチを食べることができる。そしてそれは公の場で露骨に提示される。パンの耳をかじるしかない底辺と昼からフレンチ、かにしゃぶを嗜む人。そしてそれは上位階級が下界を見ながらランチを嗜む形で階級社会を露骨に表現する。

そして、エリートへの道を外れた者は開き直ってひたすらマイナスを重ねる様になる。頑張っても這い上がれないのなら、自由に生きようと治安を乱していく。一見対等に見える、頑張ったら頑張っただけ報われる社会は果たして平和をもたらすのだろうか?これを観る限り、そうは思えない。そして学園長は、非行生徒を見放し、その実態が外部に漏れないように生徒にアナウンスし続ける。これはまさしく、かつてソ連が大飢饉で苦しむ人を見殺しにしたにもかかわらず、対外的に成長しているように見せかけた様子と一緒だ。

このポイントであっても発生する歪な社会構造によって風間トオルと野原しんのすけたちは引き裂かれていく。小学校はこの天カス学園に入り、エリートを目指すことにしている風間とただの体験入学であるしんのすけたちとでは温度差が違う。それによって連帯責任的にポイントが減らされていく風間は憤りを感じ、AIの導きによって悪魔の契約を交わしてしまうのだ。その結果、彼はバカになってしまい、本作のメインであるミステリーが始まる。

正直、ミステリー部分に関してはクレヨンしんちゃんならではの自由さから来る無茶苦茶なトリック故あまり重要ではない。重要なのは、エリート志向の風間がどうなったかとエリート集団のポイントの使い方である。エリートはポイントを余らせている。するとどうなるのでしょうか?エリート集団の中に、品行方正とは程遠いギャルがいる。ネイルをし、言葉使いも悪い。何故、彼女がエリート集団にいられるのか追っていくと、文武両道で数々の成績を収めており、莫大なポイントを持っているのだ。なので、多少素行が悪くても減点ポイントは彼女にとって痛くも痒くもない。ポイントシステムが本来、品行方正な生徒を生むためのシステムとして導入されたのに、「悪いことをする権利」として形骸化してしまっているのだ。これは現実に例えると、罰金システムを導入したら、「罰金を払えばいいでしょ」と思う人が増加し、問題を悪化させてしまう状況に等い。そして、そのシステムのバグを悪用したのが本作の犯人だ。彼は成績トップで莫大な富を得ているので、自分が黒幕であることを隠すために、風間と同様のバカに成り済ましていたのだ。金さえ払えれば問題も闇に葬り去ることができる状況を暗示している。それが悪化するとどうなるか、髙橋渉監督は「スーパーエリート」という概念で説明している。

バカになった風間にバカになるマシーンを再度装着したことで、スーパーエリートとなった風間トオル。彼にはもはや恥じらいはない。AIと悪魔合体し、エリートになる為ならいかなる手を使うようになる。他者を人間として見ることができなくなり、開き直りによって得た無敵の力により、しんのすけ達を脅かす。この万能感は光り輝くものがあるから、追従しようとする者も多い。一方で、開き直って行動する風間にはバカバカしさがある。

まさしく、これはトーマス・バッハに始まり、ひろゆきや日本の政治家といった人を風刺していることでしょう。莫大な金と名声を求めある程度上り詰めたものの開き直りによる滑稽で凶悪な暴力性。

まさかクレヨンしんちゃんで貨幣システムの崩壊からエリート主義の罠までを盛り込む映画ができるとは思いもしませんでした。しかも、本筋の裏では、肉体の一部としての子が離れてしまったことに喪失感を抱く母親像を父親との認識差を通じて描写していたりする。濃密な傑作だったと言えよう。

※映画.comより画像引用

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