『アイヌモシㇼ』伝統との折り合いのつけ方

アイヌモシㇼ(2020)
AINU MOSIR

監督:福永壮志
出演:下倉幹人、秋辺デボ、下倉絵美、三浦透子、リリー・フランキーetc

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

『リベリアの白い血』で注目された福永壮志最新作『アイヌモシㇼ』があつぎのえいがかんkikiにやってきたので観てみました。本作は、アイヌ文化を伝える観光地となっているアイヌコタンを舞台に伝統を継ぐ者の心のゆらぎを描いた作品である。地方都市の都会に対する憧れや、伝統を継ぐ者といった敷かれたレールに対して反発する物語はよく聞くが、本作程に緻密な感情を捉えた作品はそうそうない。単なるアイヌの話でもなければ、陳腐な伝統に対する反発物語でもありませんでした。

『アイヌモシㇼ』あらすじ


アイヌの血を引く少年の成長を通して現代に生きるアイヌ民族のリアルな姿をみずみずしく描き、第19回トライベッカ映画祭の国際コンペティション部門で審査員特別賞を受賞した人間ドラマ。北海道阿寒湖畔のアイヌコタンで母と暮らす14歳の少年カントは、1年前に父を亡くして以来、アイヌ文化と距離を置くようになっていた。友人と組んだバンドの練習に熱中する日々を送るカントは、中学卒業後は高校進学のため故郷を離れることを決めていた。そんな中、カントの父の友人だったアイヌコタンの中心的人物デボは、カントをキャンプへ連れて行き、自然の中で育まれたアイヌの精神や文化について教え込もうとする。自らもアイヌの血を引く下倉幹人が演技初挑戦にして主演を務め、アイデンティティに揺れる主人公カントを演じた。監督は、前作「リベリアの白い血」が国内外で高く評価された新鋭・福永壮志。(※タイトル「アイヌモシリ」の「リ」は小文字が正式表記)
映画.comより引用

伝統との折り合いのつけ方

アイヌの血を引く少年カントは高校の進路を決める段階にきている。彼は音楽が好きで、「ジョニー・B・グッド」を意気揚々と歌い弾き鳴らしている。彼の住む村アイヌコタンは、アイヌ文化を世に広め、マイノリティ民族に対する理解を求めようとしており、数少ない子どもであるカントは新たな継承者として家族や村から期待されている。しかし、カントの目はどこか都会に対する羨望がある。その抵抗として「ジョニー・B・グッド」を歌うのである。「ジョニー・B・グッド」はロックンロールの名曲である。ロックンロールとは黒人音楽と白人音楽の融合により生まれたと一般的に定義されている。それぞれの文化に折り合いをつけた音楽であることからも本作のテーマが伺える。

通常であれば、外からの期待に対する反発を通じて、村社会からの脱出を描く構造となるだろう。伝統に対する二項対立に持っていきがちだ。しかし、『アイヌモシㇼ』は2020年代の社会があるべき姿である「自分の嫌悪とどう折り合いをつけるのか?」「伝統と現代社会の乖離をどう埋めていくのか?」というところに力点を置いている。その中心に配置するのが「熊」である。アイヌの伝統行事で、熊を引きづり出して弓矢で殺し、それを食べるというものがある。現代社会において、それは動物虐待にあたるので炎上回避のためにやらない方がいいのでは?と議論する場面がある。しかし、その伝統を失うことはアイヌ文化を伝え、社会に認知してもらうというミッションを達成できなくなってしまう。伝統の消失はアイデンティティの消失なのだ。後継者不足、消えゆく文化を眼前に、現代と乖離した文化について議論する場面に福永壮志監督の鋭い着眼点が光ります。

そして、その議論の対岸には熊殺しに対して可哀想だと思うカントの姿を配置する。子ども目線から見た「可哀想」と思う気持ちと、大人の事情を退避させることでアイヌ問題はもちろん、伝統を維持することの難しさが立体的に浮かび上がるのである。そして、どちらの意見も尊重しあい、お互いに妥協点を見いだすことで、伝統を維持していく活路を見いだすところに美しさを感じました。

まさしく「アイヌモシㇼ」、人間の静かなる大地、つまり人間のみができる議論によって自分たちの生活圏を築こうとする営みがそこにはありました。

2020年観逃してはいけない一本と言えよう。

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