『オン・ザ・ロック』ウディ・アレンVer2.0を発表するソフィア・コッポラ

オン・ザ・ロック(2020)
On the Rocks

監督:ソフィア・コッポラ
出演:ビル・マーレイ、ラシダ・ジョーンズ、マーロン・ウェイアンズ、ジェニー・スレイトetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

A24映画がようやく日本でも注目されたが、A24はNetflix同様配給の方が強く、意外と製作には携わっていない。だが、ソフィア・コッポラの新作にしてVOD時代の新勢力Apple TV+に乗っかった企画『オン・ザ・ロック』はA24製作の作品だ。A24は『ムーンライト』でポケモンでいうと殿堂入りを果たしてしまったので、今や成熟期。Kino Lorberのギラつきに負けているイメージが強く、実際本作の予告編を観ると気が抜けたソフィア・コッポラ炭酸ジュースといった印象を受けた。ウディ・アレンの真似事してどうするのだろうという不安しかなかった。しかし、ソフィア・コッポラ映画好きとしては当然拝みに行くわけで、あつぎのえいがかんkikiで観てきました。これがまさかまさかの大傑作でとても嬉しくなりました。

『オン・ザ・ロック』あらすじ


ソフィア・コッポラが監督・脚本を手がけ、「ロスト・イン・トランスレーション」のビル・マーレイと「セレステ∞ジェシー」のラシダ・ジョーンズが父娘役で共演。ニューヨークで暮らすローラは順風満帆な人生を送っていると思っていたが、夫ディーンが新しい同僚と残業を繰り返すようになり、結婚生活に疑いを抱き始める。そこでローラは、プレイボーイで男女の問題に精通している父フェリックスに相談を持ち掛ける。フェリックスはこの事態を調査するべきだとアドバイスし、父娘2人でディーンを尾行することに。アップタウンのパーティやダウンタウンのホットスポットを一緒に巡る内に2人は距離を近づけていき、自分たち父娘の関係についてある発見をする。ディーン役に「G.I.ジョー」のマーロン・ウェイアンズ。
※映画.comより引用

『オン・ザ・ロック』ウディ・アレンVer2.0を発表するソフィア・コッポラ

端的に言えば、『オン・ザ・ロック』はウディ・アレンを2020年代の価値観にアップグレードさせた世界で普遍的なアンニュイを描いた作品と言える。

ウディ・アレンは背が低く不細工な自分にコンプレックスを持っており、劇中で高身長な女性と付き合ったり、『ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう』ではモスラのような巨大乳房を捕獲するエピソードを描いたりと自らの欲望をスクリーンに焼き付けた。一方で、ダイアン・キートンやミア・ファローと付き合うが上手くいかず破綻している。彼は映画監督として女性にモテるようになったが、一方で根深い女性への疑心が女性蔑視へと繋がっており#MeToo運動の格好の標的にされてしまった。結局、彼はハリウッドから干されてしっまった状態で、苦し紛れに映画を作っている状態である。そんな彼の、女性蔑視な側面をサラッとソフィア・コッポラはアップグレードしてみせる。劇中に黒人や白人、有色人種が自然に入り混じり、男女も仕事では対等に扱われる。そして、レストランでは同性愛者が誕生日を祝うのだが、それを見下しの目線として茶化すことはしない。2010年代は、LGBTQが盛り上がりを魅せて、遂にベルリン国際映画祭の舞台から男優賞/女優賞の区別がなくなる状況で、その先に生まれる理想の演出がここにはあった。下手に、多様性やLGBTQ問題に斬り込むと、本作のテーマである《空虚な妻》という軸がズレてしまう。だから、多くは語らず映画に溶け込む形で多様性を配置していく。その引き算の仕方がとてつもなく上手いのだ。

そして、これがソフィア・コッポラ映画の欠点を克服することに繋がっている。従来のソフィア・コッポラ映画は雰囲気で押し通して誤魔化されているが、「持てる者だって苦しいんだよ」アピールが強いスノッブな作品となっていた。『SOMEWHERE』の自由だけれども心は空っぽな感じや『マリー・アントワネット』の持てる者の孤独など。要するに、父親がフランシス・フォード・コッポラという最強カードを持って生まれた者のデカダンスを頻繁に描いており、あくまで上流階級の映画というイメージがあった。

今回も確かに勝ち組の映画である。夫はバリバリの仕事マンで次々と受注を決めている男。妻も好きな仕事をしていて、ニューヨークの恐らく家賃が高いアパートを借りている。娘はバレエに通わせており、マダム集う子育て教室にも行っている。父親は高級車に乗って現れ、オーセンティックなレストランで昼間からウイスキーを呑み、夜になればキャビアを持って現れる。完全に富める人だ。だが、それが嫌味に見えない。何故ならば、普遍的な妻のモヤモヤを描いているからだ。

夫は妻に優しくするし、何不自由ないのだが、子どもの面倒や送り迎え、料理といった《家事》《育児》という大きなカテゴリにまとめられている漠然とした存在をなんとなく押し付けられている。細分化したら、非常にやることが多く、その仕事をこなして本業するとなると相当骨が折れる。なのに家族からは一切感謝されない。当然のこととしてスルーされてしまう。だが、そのことを言語化できないためモヤモヤ、地味で得体の知れないアンニュイさが精神に蓄積され、「夫が浮気しているのではないか」という疑惑へ繋がっていく。

そこで登場する、珍しくも草臥れたファッションではなくイケオジとして登場するビル・マーレイ演じる父が、彼女のモヤモヤの避雷針として機能し、破天荒ながらも彼女の心の問題を解決する道標となっていく。自由奔放に人生を生きる父、警察官に捕まろうともジャズのような言葉の使い方でアッサリ釈放され、子どもたちと無邪気に戯れあう父は、結局のところ夫の分身でしかない。故に、小さな騒動未満の出来事が積み上がって勝手に解決する妙な着地で締めくくられるのだが、下手に女性の地位向上を訴えず、軽いウディ・アレン的コメディに留めたところに力強さを感じた。結局、男は優しい言葉をかけたりするのだが、本質的な価値観は変わらない。でも小さなアクションを起こすことで男は気づくかも知れない。その様子を映画で捉えることで、全ての女性に勇気を与え、男性にハッと気づきを与える。

置物化する妻問題を鋭く斬り込んだ『SWALLOW』に対し、柔らかく皮肉った『オン・ザ・ロック』という位置付けを取り、2020年の代表作に躍り出ました。

P.S.夫の会社の立食パーティのシーンで「A24の人と会うんだ」という場面があるが、それはA24がイケている会社と自惚れているのが露骨で、これは一気に凋落の道へ突き進むのではと不安になりました。

※IMDbより画像引用

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