【読書感想文】『本好きの下剋上 第一部「兵士の娘I」』紙の歴史を繊細に描いた傑作

本好きの下剋上〜司書になるためには手段を選んでいられません〜第一部「兵士の娘I」(香月美夜,ティー・オーエンタテインメント〈TOブックス〉,2015)

おはようございます、チェ・ブンブンです。

今、私は「なろう系」や「異世界転生もの」に興味がある。2010年代後半から私の耳に入ってきたジャンル。しかし、物語の骨格自体はそれこそジブリ映画やファンタジー映画の王道で頻繁に描かれてきた。現実世界でから突如、別世界へ迷いこみ、苦労しながら成長する物語って昔からよくあるではないか?だが、実際に今の日本ではラノベやアニメを然程読まない、観ない私ですらこのジャンルを耳にする。そして、この手のジャンルの有識者から様々な作品の概要を聞くうちに、何故ここまで社会的地位を勝ち取り1つのジャンルを再構築したのかある仮説が浮かび上がった。それは「日本が終身雇用から転職が当たり前の世の中になったからこそ一大ブームを巻き起こしているのでは?」という説だ。

日本は十何年か前までは終身雇用が当たり前の世の中だった。一度会社に入れば定年までその組織で暮らす。だが、それがバブル崩壊に、リーマンショックと大きな景気悪化が訪れ、就職氷河期が到来する。何とか就職できてもブラック企業だったりして満足いく生活が送れなくなってきた。そして現在では、インターネットの発達により転職が可能になってきた。それにより、前の会社で培った役立たずだと思われた技術が役に立つ可能性が出てきたのだ。別世界では、苦労しつつも無双できるかもしれないというロマンがこの手のジャンルの深層に刷り込まれ、人気を博しているのではないだろうか?

だが、面と向き合ってこの手のジャンルと触れたことのない私にはそれを語る資格はない。そう感じ、ジャンルものの傑作と名高い『本好きの下剋上』を読んでみることにした。私の仮説は間違っていないと確信に変わると同時に、本作は紙の歴史を繊細に描いた傑作だという面白い発見もあったので読書感想文を書いてみることにしました。

『本好きの下剋上〜司書になるためには手段を選んでいられません〜第一部「兵士の娘I」』あらすじ

幼い頃から本が大好きな、ある女子大生が事故に巻き込まれ、見知らぬ世界で生まれ変わった。貧しい兵士の家に、病気がちな5歳の女の子、マインとして…。おまけに、その世界では人々の識字率も低く、書物はほとんど存在しない。いくら読みたくても高価で手に入らない。マインは決意する。ないなら、作ってしまえばいいじゃない!目指すは図書館司書。本に囲まれて生きるため、本を作ることから始めよう!本好きのための、本好きに捧ぐ、ビブリア・ファンタジー開幕!
※Amazonより引用

紙の歴史を繊細に描いた傑作

図書館にやっとのことで就職が決まった、他人の人生を生きてきたであろう女性・本須麗乃は地震により本棚に潰されて死亡する。そんな彼女が目を覚ますと幼女として生まれ変わる。慣れない身体に違和感を覚えつつ、麗乃が放り出された不条理に必死にしがみつく中で彼女としてのアイデンティティは失われ、マインという新しいアイデンティティを獲得する。そして、彼女はマインとしての立つこの世界に本が存在しないことに絶望しつつも、麗乃時代の記憶が持つ本のルーツをマインの世界にぶつけることで社会に溶け込もうとするのだ。本の消費者という概念がなければ本の生産者になればいいのではという思想を胸に。

本作は、ライトノベルでありながらも本ないし紙のルーツを繊細に紡いだヘヴィーノベルである。本の歴史、紙の歴史の入念な再現に感動を覚える。マインの世界では、そもそも紙がほとんど存在しない。一般市民は代々継承される生活の知恵を共有して暮らしており、それを正確にアーカイブする必要性すら感じていない。それだけに、本や紙のような何かを書き記しその状態を保存する機能を持たせたツールは生産コストが高く、紙やインク一つとっても月収、年収単位の価値を持ってしまっている。

マインは、そもそも本を作る以前の状態から紙やインクを生み出していかないといけないのだ。そして、彼女は麗乃に得た膨大な知識を元に、ロゼッタストーンのように石に文字を書こうとしたり、パピルスもどきを作ろうとする。かつて無用の技術だと思っていた母親の手伝いから学んだものを積極的に活用して、時には幼女という特性を駆使して異世界のヨハネス・グーテンベルクを目指すのだ。

そして、香月美夜の深い文化考察がさらに本作を魅力的にさせる。本作は、異世界に転生した者が異世界の言語を習得する過程を潔く割愛している。しかしながら、麗乃時代にしかない言葉を発する時、それは異世界では認知不可能な言葉になってしまうことをカギカッコで表現してみせるのだ。これはアニメ版ではなくなってしまっている素晴らしい表現技法であり、現実世界にも日本語の「ワビサビ」やスウェーデン語の「fika」といった他言語に翻訳不可なものがあるように異世界とかつての世界との間の言語差を端的に表している。そしてアラビア語やコサ語、吸着音が特徴的なファナカロ語といった我々が馴染みのない言語の音がなかなか捉えられないように、マインが必死に「『本』が読みたい!」と叫んでも、人々には『本』が単語として認識できない。この様子を、文章で軽妙に記した点に感動を覚えました。

さて、冒頭の「日本が終身雇用から転職が当たり前の世の中になったからこそ一大ブームを巻き起こしているのでは?」という仮説に触れてみよう。本作では、幼女に転生し、それでありながら頭脳は大卒レベルあるという設定を持っている。体力こそ貧弱だが、英語を学んできたプロセスや算数を学校で学んできた経験が活かされ、異世界で大活躍する。そして、不便や不快感を普通のものだと思っている人々に対し、技術で持って改善を促し、ドンドン自分の思うがままに世界が動いていく様子は、まさしく転職先でかつて無用だった技術が光り輝く様子とそのもの。

それだけに、一見児童小説っぽい書きっぷりでありながらも抵抗なく読みふけることができる。そして毎日の仕事に対する活力になるのだ。

これは噂に違わず大傑作でありました。

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