【考察】『JEANNE』怒れる少女の時代に送る民話としてのジャンヌ・ダルク

JEANNE(2019)
Joan of Arc

監督:ブリュノ・デュモン
出演:ファブリス・ルキーニ、Lise Leplat Prudhomme、アントワン・ドゥーシェetc

評価:100点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

私のオールタイムベスト映画である『ジャネット、ジャンヌ・ダルクの幼年期』の続編にあたる『JEANNE』を観ました。本当は、アンスティチュ・フランセの特集上映か何かで観たかったのですが、コロナ禍による影響で今年中に上映が実現しなさそうだと考えたのでDVDを輸入しました。

『ジャネット、ジャンヌ・ダルクの幼年期』は、神格化されているジャンヌ・ダルク伝説を、ブレイクコアやヒップホップで描くことで、子どもが抱く欺瞞や矛盾に満ちた大人への怒りを普遍的なものとし、民話として落とし込む離れ業をやってのけていた。その続編にあたる『JEANNE』では、前作のミュージカル要素を排除し、カール・テオドア・ドライヤーやジャック・リヴァット、ロベール・ブレッソンといった巨匠が描いてきたジャンヌ・ダルク譚に正面からぶつかった作品だ。前作に引き続き、子どもの大人に対する怒りを描いているのだが、これが今を取り巻く子どもと大人の軋轢を捉えた大傑作でありました。

尚、本作はブリュノ・デュモン大好きカイエ・デュ・シネマでも2019年のベストテンにて5位に安定ランクインを果たしました。

『JEANNE』あらすじ


Année 1429. La Guerre de Cent Ans fait rage. Jeanne, investie d’une mission guerrière et spirituelle, délivre la ville d’Orléans et remet le Dauphin sur le trône de France. Elle part ensuite livrer bataille à Paris où elle subit sa première défaite.
Emprisonnée à Compiègne par les Bourguignons, elle est livrée aux Anglais.
S’ouvre alors son procès à Rouen, mené par Pierre Cauchon qui cherche à lui ôter toute crédibilité.
Fidèle à sa mission et refusant de reconnaître les accusations de sorcellerie diligentées contre elle, Jeanne est condamnée au bûcher pour hérésie.
訳:1429年のことです。百年戦争は続く。戦争的で精神的な使命を背負ったジャンヌは、オルレアンの街を解放し、王太子をフランスの王座に返り咲かせる。その後、彼女は最初の敗北を喫したパリでの戦いへと旅立つ。コンピエーニュでブルゴーニュ人に投獄され、イギリス人に引き渡された。彼女の裁判はルーアンで始まり、ピエール・コーションは彼女の信憑性を剥奪しようとした。自分の使命に忠実で、自分に向けられた魔術の告発を認めようとしないジャンヌは、異端の罪で火あぶりの刑に処せられました。
AlloCinéより引用

怒れる少女の時代に送る民話としてのジャンヌ・ダルク

蒼く幻想的な荒野に彼女は仁王立ちする。彼女の眼には迷いがない。真っ直ぐに天を、荒野を見つめる。それは、ある意味彼女の進む道が地獄であることを受け入れているかのようだ。戦争の残像が、亡霊が彼女を多い尽くそうとも微動だにしない。身の丈に合わない渦中が彼女をよろつかせる。その甲冑は、社会の抑圧を彷彿とさせるが、彼女は神の啓示に従うだけだ。だが神の声も聞こえなくなった今彼女はどうするのか?彼女は突き進むしかない。

本作は、そんな勇猛果敢で社会問題を真っ直ぐな目で睨む彼女を周囲の大人が弄ぶ様を描いており、その光景を通じてビリー・アイリッシュやグレタ・トゥーンベリといった大人に翻弄される少女のメカニズムを痛烈に批判している。ジャンヌ・ダルクは社会を鋭く見つめるあまり、ふてぶてしい面持ちだ。そんな彼女に対して、大人は嫌味ったらしく、「神の声は聞こえたかい?」、「次はどうするのかい?」と煽る。まるで彼女が失敗するのを心待ちにしているような眼差しで揺さぶりをかけていく。

若きジャンヌ・ダルクにとって社会を変えようとする気概はあるが、その真っ直ぐさは彼女を孤独にさせる。真の友人は存在せず、彼女の周りには敵しかいないことも彼女は熟知している。そんな彼女の心境を表象した決闘のシーンが美しい。馬を不器用に、でも面持ちだけはスカして乗り捌くジャネットは、馬の足音でビートを刻み込み、それが周囲の太鼓と木霊する。チェスのように並べられた感情を失った兵士がゆっくりと動き始め、∞の形を描きながら彼女の周りを取り囲み、敵味方入り乱れていく。それは即ち、表面的には敵味方が別れているようで、実際には彼女に全ての刃が向かっていることを暗示させる。ドライでスペクタクルな要素なくとも、バークリーショットや馬の脚を強調したショットでユニークに魅せるブリュノ・デュモンの職人芸が観るものを驚かされる。

そして戦争はジャンヌ・ダルクの敗北で終わる。待ってましたと言わんばかりに、魔女裁判に大人は連れ出し、彼女を尋問する。しかし、彼女は冷静沈着に言葉で大人を圧倒する。狼狽する大人たちだったが、数の圧力でジャンヌを捻り潰そうとするのだ。そんな言葉による戦いの中で、フードに身を包んだ謎の男が姿を露わにする。Igorrrからバトンを渡され、本作の曲を担当したクリストフ本人が、シャルル・ペギーの詩を甲高い声で唄い始めるのです。

Elle ira dans l’enfer avec les morts damnés,
Avec les condamnés et les abandonnés,
Elle ira dans l’enfer avec les morts damnés;

Quand la paille en enfer s’envolera légère,
Ton corps s’envolera pour que le feu l’embrase,
Alors commencera l’éternité sans bord;

Dans les hurlements fous des embrasés vivant,
Dans les hurlements fous des écorchés vivant,
Dans les folles clameurs des damnés affolée,
Dans les hurlements de tous les tourmentés;

Et les hurlements fous d’éternelle souffrance,
Et les hurlements fous d’éternelle prière,
Seront comme un silence au flot de la souffrance,
Noyée comme un silence au flot de la souffrance;

Comme ta mort éternelle est une mort vivante,
Une vie intuable, indéfaisable et folle,
Et l’éternité sera comme un silence
訳:彼女は呪われた死者と一緒に地獄に行くだろう。
死刑囚と見捨てられた人たちと
彼女は呪われた死者と一緒に地獄に行くだろう。

地獄のわらじが光を飛ばすとき
あなたの体は火をつけられるように飛んでいきます。
そうすれば、永遠はつばなしで始まる。

狂ったような遠吠えの中で、生きているように燃える。
皮を剥がされた生身の者たちの 狂った遠吠えの中で
狂ったように騒ぐパニックの中で
苦しめられた者たちの悲鳴の中で

そして永遠の苦しみの狂った遠吠え。
そして永遠の祈りの狂った遠吠え。
苦しみの流れの中での静寂のようなものになるでしょう。
苦しみの洪水の中で沈黙のように溺れた。

あなたの永遠の死が生きた死であるように…
直感的で、止められない、クレイジーな人生。
“永遠は沈黙のようになる”

彼女の受難を唄い、最後の力を振り絞って(文字通りクリストフは2020年に亡くなっている)魂を提示するクリストフ。すると、神が降りたようなショットが映し出される。ルーアン大聖堂に差し込む光に霊的なものを感じる。あの意地悪な大人ですら明らかに何かを感じるのだが、それは黙殺されてしまう。誰にも理解されない彼女は、力強い信念だけを頼りに裁判を耐え忍ぶ。しかし、そんな彼女も独房でやせ細っていき、声も出なくなる。独房で彼女が見上げると、雛が餌を求めて貪欲に親鳥にすがる。そんな力も彼女には残されておらず、一人孤独に遠くで焼かれていくのだ。

『ジャネット、ジャンヌ・ダルクの幼年期』からさらに厳格なショットと哲学的な言葉と言葉の応酬によって紡ぎ出されたこの鎮魂歌は、現代においてユニークな若者を政治の前面に押し出し、それを盾として嘲笑する大人の汚い側面を告発した。神格化され、権力を与えられているようで、実は傀儡の対象にされているに過ぎず、権力からの解放を謳い孤独であり続けようとするジャンヌの姿に涙した。

そして、本作を自宅のテレビで観たところ、クリストフの音色の美しさや大聖堂の荘厳な佇まい、そしてLise Leplat Prudhommeの可愛さが迫力満点で眼前に飛び込んできたので、映画館で観たかった、せめてアンスティチュ・フランセで観たかったと悔やむばかりである。

近代フランス映画のマスターピースとも言える作品でした。

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